相棒はロボットデカ

朝倉亜空

第1話

 経済的勝者と敗者の格差がますます加速している21世紀初頭、貧困層は結婚することもままならず、現在、人類は地球規模での深刻な人口減少問題を抱え込んでいる。

 しかし、時が進むにつれ、高度に発達していくロボット・AIテクノロジーの恩恵により、一応の問題解決を得る運びとなっていく。

 更に、西暦22XX年、全人口のうちの半分は人造人間つまりロボットとなっていた。ロボットは自分で考え、判断し、故障すれば自分自身でサポートセンターヘ行き、修理を受け、帰ってくる。そして、次の日からこれまで通り専門の作業場で黙々と仕事をする。水を飲み、御飯を食べ、ボディー内部のナノマシンによってそれらを分解し、動燃料を得、バッテリーにチャージする。余りカスはある程度溜めてから体外に吐き出す。もう、何ら人間と変わらないのである。そこで、人口調査などでは人造人間も人間の内としてカウントされるようになっていた。

 人造人間の見かけは、あえてじっくりと見ない限りは、まず普通の人間と見分けがつかないレベルにまでなっていた。年恰好もまんべんなく世代別に均一に作られ、男女比率も一対一、ただ、成長は流石にしないので、例えば、小学一年生として作られたロボットは、これはもうずーっと小学一年生である。

 また、富めるものと貧しきものの対比はロボット社会にもあった。世の中の仕事にはさまざまな種類がある訳で、人間にとってオイシイ話は当然、ロボットにとってもオイシク、その逆もまた然りであった。人の嫌がる、否、ロボットの嫌がる仕事ばかりやらされている者は、何で自分ばかりがこんなことをと、不満を感じ、そんな時の人間が往々にして法を犯してしまうように、ロボットとて悪事に手を染めてしまう者もいる。この時代のすべての犯罪事件のうち、ロボットによるものの比率もちょうど50パーセントであった。

 ロボットのことはロボットがよく分かる筈、ということで、基本的に二人一組で捜査する刑事は、一人は人間、HUMAN‐DEKAとかHUMAN‐DETECTIVEと呼ばれているものと、もう一人はロボット、ROBOT‐DEKAとかROBOT‐DETECTIVEとか呼ばれているものが相棒と決められていた。これはそんな時代の話……。


「おい、ホトケさんが出たぞ。行くぞ、相棒」初老の刑事が言った。「繁華街の裏路地、コロシだな」

「でも、木下刑事、死体発見場所が繁華街の裏路地というだけで事故性はないと判断することはできないと思いますが」

 自分が今、木下刑事と呼んだ初老の刑事の後を、小走りで追ってきた新人刑事が言った。

「まあ、そうだけどよ。七割、八割はってことを言ってんだよ、ったく」

 木下刑事は小さくため息をついた。「相変わらず融通利かねぇな、おめえさんはよ……。それとな、おれたちゃ相棒だろ。その、木下刑事って言い方、何とかなんねえか。堅っ苦しくていけねぇや。仲間内じゃあキノさん、て呼ばれてるんだが」

「そうですか。では、これからはキノさんと呼ばせて頂きます」

「そうしてくれ。で、おめえのことはなんて呼べばいいんだ」

「そうですね……。R・D、アール・ディーと呼んでもらいましょうか」

「アール・ディーか。なかなかしゃれたもんだな。意外に呼び易くもある。よし、これからもよろしく頼むぜ、アール・ディー」

「はい、キノさん」

 木下刑事とアール・ディーはエレベーターに乗り、地下一階のパトカー置き場に急いだ。

「お、反重力オートがあったぜ。ついてるな」

 ふたりは署内のパトカー置き場でも滅多にお目に掛かれない人気の最新鋭機、反重量ホバー式パトカーに乗り込んだ。前方シートの前にはハンドルがない。操縦者はただ座って、目的地を告げればいい。それだけで、この反重力ホバーカーはスーと心地良い滑らかさで走り出す。だから、厳密には操縦者はいない。

 木下刑事は事件現場の所番地を声に出し、クルマに伝えた。

「コイツが納入されてから、早く乗りてえと思っていたんだ」シートにどっかりと腰を落とした木下刑事は嬉しそうに言った。「スピードもすげえな、おい」

 欲しかったおもちゃを与えられた時の子供のような状態とは、まさに今の木下刑事を指す言葉だろう。「スイッスイ走って、揺れひとつない。気持ちいいぜ。なあ、アール・ディー」隣に座っている相棒に言った。

「はい」

「はいだけかよ。すごいですねー、とか、楽しいですねー、とかあるだろ」

「ホバーオートはこういうものですから」

「つまんねえ奴だぜ。もっと喜べよ。そんな無感情で人生面白いか、ええ?」

 木下刑事は何の気なしにダッシュボードの小物入れを開け、中に手を入れてみた。「おっ、何かあるぞ」

 ごそごそと取り出したものは神戸牛ステーキをフリーズドライ化した商品のパッケージだった。

「へへー、誰かさんの忘れ物だな。丁度良い、おめえも朝飯まだだろ。有り難くおれたちが頂こうぜ」

「刑事が窃盗ですか」

「うっせえなー。いいんだよこれくらい。忘れてった方も何とも思っちゃねえよ。嫌ならおめえは食うな。おれは食うから。だからよ、ちょっとどっかでお湯を沸かして、持ってきてくれや」

「え」

「えじゃねえよ。このままじゃ食えねえから、どっか寄り道して、お湯を沸かして……、あ、そうか、悪い悪い。どこかでな、お水を汲んで、それを沸かせて、お湯にしたやつを持ってきてくれ。これで意味が通るだろ」

「はい、分かります」

「お湯があったら、もう、沸かす必要はねえもんな。ホントおめえは賢いのかバカなのか分かんねえぜ。融通の利かねえ奴だよ」

 アール・ディーは、玄関前の植木鉢に水やりをしている主婦を見つけ、その前にパトカーを止めた。その主婦と交渉した数分後、家からお湯の入った手鍋を借りて戻ってきた。「手鍋を返すのは、いつでもいいそうです」

「おうサンキュー」

 木下刑事がインスタントステーキを食べ終わってから程無くして、パトカーは事件現場へ到着した。

 立ち入り禁止の黄色いテープが周囲一帯に張り巡らされている中、既に何人かの警察官が忙しそうに動き回っている。

「おう、キノさん、おいでなすったかい」木下刑事と顔馴染みの刑事から声が掛かった。

「トクさんか。相変わらず早いねえ。おっと、こいつはおれの相棒でな、アール・ディーって言うんだ」木下刑事はアール・ディーの背中をとん、と押し出し、ちゃんと挨拶しろよ、と言った。

「はい。自分はアール・ディーです。これから何卒、どうか宜しくお願い致します」アール・ディーは腰を直角に曲げて、頭を下げた。

「ハハハ、なんだよ堅っ苦しい挨拶だなあ。キノさんがちゃんと、なんて言うから。おれは徳井だ。気安くトクさんって呼んでくれ」

「はい、トクさん」

「それで、ホトケさんの方はどうだい」木下刑事がトクさんに訊いた。

「見ればわかるが、コロシだな」

「そうかい。まあ、どんなものか、ちょっくら様子を見てくるわ」

 トクさんと別れた木下刑事はアール・ディーを連れて、死体現場の方へ歩いていった。

「おれたちデカがコロシの現場でまず最初にやらなきゃならねえことは……」歩きながら木下刑事はアール・ディーに言った。「ホシがナマかカラかの目星を付けることだ」

「なま、と、から……ですか」

「ああ、そうだ。ナマってのはな、生身の生であって、つまりは人間のことを指す。それに対して、カラとはカラクリ仕掛けのカラであり、機械つまりロボットを指すって訳よ。ここで捜査対象が一気に半分に絞れるんだから、大事なポイントなんだぜ。分かるだろ」

「なるほど。分かります」

 ふたりは死体のそばまで来た。死体は二体あった。一体は二十代前後の痩せた若い男、もう一体は四、五十代のポッチャリ体型の女性だった。二体とも銃で胸を撃たれている。

「おーい、誰か、念力ヘルメット持ってきてくれ」

 木下刑事は、女性の死体の頭部が無傷であることを確認した後、周りの警察官に聞こえるよう、大声で言った。「新人にも使い方を教えてえ。だから、三つねえか」

 間もなく、一人の警察官がヘルメット状の機械を三つ揃えて、木下刑事のまえへ持ってきた。木下刑事はそれらが何であるか、、アール・ディーに話し始めた。

「正式名称は残留思念増幅送受信ユニット、てえ長ったらしく言うんだが、要はヘルメットだ。被れ」木下刑事は自分もそのヘルメットを被り、被害女性の頭部にも同じく装着した。

「死んだ人間の脳みそに暫くの間残っている、記憶の断片をこいつは拾い、映像化してこっちの頭ん中へ送ってくれるんだ。ホトケさんの人生最期の夢を本人に成り代わって見るための道具だ。ガイシャがロボットだと、電子頭脳に使う訳だから、機械同士で相性良く、尚更上手くいくって寸法さ。さあ、スイッチを入れるぜ」

 木下刑事は被害女性に被らせたヘルメットのてっぺんにある、赤いスイッチをポン、と押した。暫しの間、受信機側の両刑事のヘルメットに付属するスピーカーから、ピー、パ、ポと電子音が鳴っていた。その音が鳴り止むと、「イメージ送信します」と声が流れた。

「おい、アール・ディー、目を瞑れ。自分が眠って、夢を見ている気分になるんだ。そうすると、よく見えるぞ」

「はい」アール・ディーは言われたまま目を瞑り、そのまま地面に身体を横たえた。木下刑事は既に目を閉じていたので、アール・ディーが寝そべっているとは気付かなかったが、もし、気付いていたら、何かまた小言を言わなければならなかったであろう。ホントに寝るこたあねえ、融通利かせろ、とか。

 兎に角、ふたりは死者のダイイング・ムービーを見ていた。

 熟年女性と若い男が並んでこの裏路地を歩いている。

 その前に黒い覆面をした男がレーザー・パルスガンを持って現れ、いきなり女に発砲した。若い男は驚いて、腰を抜かしている。

(あなたのお金、盗みに来ました)

(ま、待って。お金は全部あげるわ。わ、わたしの命も。でも、子供の命は奪わないで)

(では、子供は殺さないでおきましょう)

 バシュウウン。パルスビームが発射音とともに腰を抜かして動けない若者の胸をあっさりと射抜いた。

(きゃあああ! あ、あんた今、子供は殺さないって言ったくせに! 何てことを……)

(何を言ってるんですか。わたしが今撃ったのは、大人ですが)

「子供の意味が違うだろ。融通利かねぇ」木下刑事は苦々しく呟いた。

(ああ……、可哀想にわたしの子。わたしの愛する一人息子や……)

 母親は自らも撃たれているにも拘らず、腹這いになりながら、即死した息子の方へ必死ににじり寄っていった。黒覆面の男はそんな母親の気持ちなどお構いなしにどかん、と母親の腹を蹴り上げ、仰向けに転がした。母親の着衣のポケットや懐をまさぐり、財布を探し出す。

(あ、あんた、お願いだ……、わたしを、引っ張って、息子の上に、か、被せておくれよ……。せ、せめて、手だけでも、我が子に、触れさせて、おく、れ……)

 黒覆面から覗かせる、無感情で冷たい光を湛えた目は、自分が殺した人間の悲痛な願いもまったく聞いていず、まるで無関心であることを物語っていた。

 ところがふと、覆面男が母親の前にしゃがみ込み、母親の手を持ち上げた。木下刑事は、こいつでも人の最期の頼みは聞いてやるのか、と思ったのだが、腕時計を外して盗んだだけだった。覆面男はそのまま倒れている母子には一瞥もせず、何事も無かったように、歩き去っていった。

「てめえの利得以外は無関心で、冷たいほどの無感情、か……」木下刑事はここでヘルメットのスイッチを切り、目を開けた。「わ。アール・ディーがマジ寝てた」

 立ち上がったアール・ディーに木下刑事は言った。

「堅っ苦しい融通の利かなさ、冷ややかな無感情、他人事には関心無し。間違いねえ、ホシはナマだ! こんな殺人マシーンのような仕業はナマに決まってる。カラじゃねえ!」さらに矢継ぎ早に言った。「アール・ディー、現場の半径二十キロ以内の人間を洗い出すよう、捜査本部に報告しろ」

「はい」

 アール・ディーこと本名、堂院蘭太郎は素早くワイヤレスフォンを取り出し、本部に連絡を取った。因みに、堂院蘭太郎は、ド淫乱太郎と、自分の名前をからかわれ続けた少年時代の苦い記憶が原因で、大人に成長した今でも他人に名を名乗ることに抵抗を覚えるようになっていた。

「エボリューショナル・エモーション回路によるAI制御のおれたちロボットにゃ、ここまで非情な真似は出来ねえ。おれたちにゃ、情緒ってもんがあるからな。おなじコロシでも、血も涙もねえコロシと、そうじゃねえコロシとがあるんだ」

 人造人間、木下刑事は血を流し倒れている母親の手を持ち上げ、そっと、その息子の手の上に重ねて置いた。

「カアチャンよ、あんたと息子の仇は、このおれが必ず取ってやるからな……」

 そう言ったロボット刑事の目からは、希釈食塩水の粒がつつーと一筋、頬を伝って流れていった。

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