生徒会長

釧路太郎

第1話 生徒会長

 僕は生徒会長の芝根洋子に憧れていた。

 同級生でありながらも、その容姿と言動に完全に威圧されてしまっていたのだが、それは僕だけじゃなく他の生徒もそうだし、一部の生徒も完全に生徒会長に頭が上がらない状況になっていた。

 実際に、僕たちの担任も芝根洋子の行動を咎めることは出来ず、その言動は半ば容認されているような状況にあったのだった。

 そんな事もあって、自ら生徒会に入ろうとするものはおらず、僕以外の役員は何も知らない一年生が勤めることになってしまった。冬休みが始まる頃には参加が強制されている会議ですらも集まりが悪くなってしまってしまうくらいだった。


 僕の高校生活は芝根洋子の奴隷のような生活だったけれど、自分で思っていた以上に充実はしていたと思う。同級生にも心配されるようなことは日常的にあったし、時には名前も知らないような下級生の女子から応援されることもあった。

 そんな僕の姿を見て涙を流している人もいたみたいだけれど、僕は自らその立場を選んで決めたのだから少しだけ有難迷惑ではあった。有難迷惑ではあったけれど、僕は世間から忘れられていないんだということが嬉しかった。


 生徒会長の芝根洋子が僕にしてくれたことは多くあったけれど、他の生徒にはない特別な経験が出来たと思えばつらいことは何もなかった。逆に嬉しい事の方が多いというのが素直な感想だったりするのだけれど、そんな僕を見た両親は僕の様子を見て泣いていることが多かったと思う。

 でも、僕は後悔なんてしていないし、芝根洋子に憧れているのは変わらないことだった。


 僕が生徒会に入って最初のバレンタインデーに義理でもいいからチョコを貰えないかなと期待してみたけれど、芝根洋子はその期待には応えてくれなかった。本命の男がいるとか、大学生の彼氏がいるとかそういった噂はあったけれど、僕は少しだけ義理チョコをもらえるような希望はあった。いつもは冷たい芝根洋子が少しだけ優しくなっていたからだ。

 誰もいない二人だけの生徒会室で仕事をしている時も、前の彼女と違って僕に話しかけてくれることがあったりしたのだ。


「私の周りから人がいなくなることはよくあるんだけど、こうして誰もいなくなってしまうのって本当は寂しいのよね。自分がしたことの結果だってわかってはいるんだけど、そんな自分をどうしても帰ることが出来ないの。吉川はそんな私に最後までついてきてくれているのはどうしてだったのかな?」


 誰も来なくなった生徒会室に残っている生徒会長とそれを黙って見つめる僕。

 暖房も追いつかない程に冷えているのだけれど、換気のために芝根洋子は窓を開けた。

 一気に冷気がやってきて室内を冷やしていたのだけれど、僕はそれを心地よいと思ってしまった。


「ねえ、吉川はここですることが無いんだから私の事は置いて帰っていいんだよ?」

「僕は家にいてもすることが無いので、会長の仕事が終わるまで残りますよ」

「私は本当に大丈夫だから、先に帰っててよ」


 換気にしては窓を開けている時間が長いように思えたのだが、芝根洋子は吐く息を白く輝かせながら僕にそう命令した。よく見ると、体も小刻みに震えていた。


「本当に帰ってくれていいんだから、私にかまうよりも家族と一緒にいてやりなよ」

「いい機会なんで正直に言いますけど、僕は今となっては家族に何の感情も抱いていません。僕が好きなのは芝根さん、あなただけなんです。僕の気持ちがあなたに届くことは無いと思いますけど、僕は初めて見た時からあなたの事が好きです。それはどんな時も変わらない思いです。今でももちろんその気持ちに変わりはないですから」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、私には彼氏がいるから無理だよ。吉川の気持ちには答えられないから帰ってくれ。頼むよ、お願いだからもうここにも来ないでください」

「彼氏がいたっていいんです。僕は何番目でもいいんで芝根さんのそばに一緒にいたいだけなんです。そこで、お願いなんですけど、彼氏にあげる予定の本命チョコを僕にくれませんか?」

「そんなの無理に決まってるだろ。私はお前に対してそんな事をしていい立場じゃないんだよ。いいから帰ってくれよ。これ以上私を苦しめるなよ」

「何を言っているんですか。僕のせいで芝根さんが苦しむことなんて何もないですよ。いつだって苦しむのは僕でした。暇になったからという理由だけで休みの日に僕を呼び出したこともありましたし、芝根さんの彼氏にストレスが溜まっているって理由で僕は何度も殴られたりしてましたよね。それだけじゃなく、最後には二人が僕の事を笑いながら見てましたもんね」

「そうだよ、それは悪かったと思っているよ。でも、悪いのは私だけじゃないだろ。私の彼氏のところにも行ってくれよ。なんで私の前だけに現れるんだよ」

「それがどういうわけなのかわかりませんが、僕は芝根さんのところにしか来れないんですよ。もしかしたら、芝根さんが僕の位牌に線香をあげてくれないからかもしれませんね。その時に一緒にチョコを供えてくれたらいいだけなんですけど。あ、もちろんそのチョコは持ち帰ってくれて結構ですよ。そのまま彼氏のもとへ向かってくれていいですし、その方が僕にも都合がよさそうですからね。芝根さんはまだあの彼氏と付き合っているんですか?」

「あの後すぐに振られたよ。お前が自殺したのは俺のせいじゃなくてお前のせいだからなって言われたから。確かに、私も少しは悪いところがあったと思うけれど、首を吊ったのはお前の意思なんだから、私を自由にしてくれよ」

「そうですね。僕は自分の意思で首を吊りましたけど、それは芝根さんが喜ぶと思ったからやっただけですよ。結果的には誰も喜んでくれませんでしたけど、それでも僕はこうして芝根さんに会いに来ることが出来てよかったと思っているんです」


 僕が首を吊ったのは冬休みが始まってすぐの事だった。

 世間ではクリスマスも終わって正月に向けて気持ちも新たに準備を始めていた時期の出来事だった。

 確かに、僕は彼女に命令されたわけでもなく、いじめを受けていたということも無かった。

 それでも、学校の中では僕の自殺の原因は芝根洋子にあるという噂が冬休みのあいだに独り歩きしていた。

 結果として、生徒会にやってくる役員は完全にいなくなってしまった。


「僕の親は学校で囁かれているような噂は信じていませんから、安心して手を合わせに来てくださいね。僕は生きている間はずっと芝根さんと楽しく過ごしているって話をしてますから、僕の両親は僕と芝根さんの関係は良好だと思ってるはずですよ。だから、一度でいいんで手を合わせて線香をあげてくださいよ。今日はちょうどバレンタインデーですし、お供え物も持っているはずですよね」

「手を合わせに行くのは良いんだけど、私はお前の家なんて知らないし、供え物なんか持ってないって」

「カバンの中に入っているチョコレートを少しだけ供えてくれればいいんですよ。僕はカバンに入れているところも見てますからね」

「これはお前のためじゃなくて、私の彼氏のためのものなんだよ。今の彼氏はお前と関係ないんだから勘弁してくれよ」

「大丈夫ですよ。僕は芝根さんの彼氏の顔を覚えてないんで、違う人だって気にしませんからね」

「どうして、いつもは私の言うことを何でも聞いてくれていたのに、こういうときだけ何も聞いてくれないんだよ?」

「僕は芝根さんの事が好きなんです。でも、もう他の人の事を好きになることも無いと思いますし、誰かとこうして話すことも無いと思うんですよね。だから、僕はずっと芝根洋子さん、あなたを見守っていきますからね」


 僕は彼女の性格を熟知していた。彼女が僕に線香をあげることも手を合わせることもしないということは最初から分かっていたのだ。

 何をどうやっても僕に振り向いてくれない彼女に対して、少しでもその中に残ることが出来ればいいなと思って首を吊っただけなのだけれど、その効果は僕が思っていたよりも大きい物になっていたようだった。

 いつまで僕がこちらにいられるのかわからないけれど、僕は最後まで彼女をちゃんと見守ることにしようと思った。

 それだけの話だ。

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生徒会長 釧路太郎 @Kushirotaro

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