第6話 温かい命

 ベリアルと腹から生まれた異形の死体を確認して処理したライルは、神の祝福が一段落ついていつもの調子を取り戻した我が家へと戻る。


 すると、丸太を組んで造られたログハウスのような我が家の前に、黒山の人だかりができていた。


「あっ……」


 家の外から中の様子を伺っていた者たちがライルの存在に気付くと、人だかりの視線が一斉に彼へと向く。


「ライ……ル」

「……いたのか」


 その視線は、忌避と恐怖が綯い交ぜになったような決して有効的なものではなかった。


 ライルが住むこの小さな集落の中で、彼の立ち位置は少々微妙だった。


 魔法使いとしての才能を見出され、将来を期待されていたライルだったが、蓋を開けてみれば一切の攻撃魔法を使えないというどうしようもない欠陥を抱えており、さらには馬鹿にされた挙句、木の上から飛び降りて大怪我を負い、生死の境をさまよった何を考えているかわからない異質な者……。


 レイラとよく似て端正な顔立ちをしていても、額にできた穴を、無理矢理塞いで溶接したかのような大きな傷痕は、見る者を畏怖させるには十分だった。

 さらにライルの尊大な話し方もあり、誰もが腫れ物を触るかのように扱うようになったのだった。


「……フン」


 人日から寄せられる奇異の視線に、ライルは鼻を鳴らして立ち尽くす。

 ここにいる連中は、大方神の祝福を目撃して、勇者誕生の瞬間を一目見ようとやって来た野次馬たちだろう。


(ここで我が睨みを利かせれば、村人たちの何人かは恐怖で逃げ出すだろうが……)


 それではレイラやローザに迷惑がかかるので、できればそれは避けたいとライルは思っていた。


 ならばどうしたものかと、ライルが思案していると、


「あんたたち、人の家の前で何をやっているんだい」


 中から木桶を持ったローザが現れ、鋭い眼光をギョロリと動かして村人たちを睨む。

 睨まれた村人たちは、ローザの迫力に圧されたように一様に一歩下がるが、


「あ、あのですね、ローザさん……」


 その中の一人が慌てたように前に出てローザへと取り成すように話しかける。


「さっき、この家に天から光が降り注いだかと思ったら、雨雲が吹き飛んで空に大量の虹が架かったんだ! もしかしてあれって、勇者誕生を祝う神の祝福ってやつじゃないかな?」


 その言葉に、集まった村人たちが「うん、うん」と一斉に頷く。


「はぁ? 何、馬鹿なことを言ってんだい」


 だが、外の様子など全く見ていなかったローザは、呆れたように顔をしかめる。


「勇者だか何だか知らないが、そうやって人の家の前に集まられると迷惑なんだよ。あたしの孫が家に入れなくて困ってるだろう」

「えっ、で、ですが……」

「でも、もへったくれもないよ。あたしたちは新しい家族の誕生を、身内だけで祝いたいんだよ。邪魔者はとっとと帰りな」


 ローザは手にしていた木桶を近くの男に押し付けると、人垣の向こうで立ち尽くしているライルに向かって叫ぶ。


「ほら、ライル! レイラが呼んでいるから早く行ってやりな!」

「あ、ああ、わかった」


 ローザに呼ばれたライルは心の中で祖母に感謝しながら、立ち尽くす村人たちを無視して足早に家の中へと入っていった。




 ライルが音を立てないようにそっと家の中へと入ると、既にレイラの叫び声は聞こえず、しんと静まり返っていた。


(もう、生まれた……んだよな?)


 静か過ぎる室内に、ライルは怪訝そうに眉を顰める。

 もし、既に出産が完了しているのなら、赤子の泣き声の一つもしないのはおかしいのでは? と思ったのだ。


 不穏な気配や血の匂いはしないことから、最悪の事態は起きていないことは伺えるが、それでもライルは逸る気持ちを抑えながらレイラの寝室の扉を開ける。


「…………母?」


 そうしてそっと寝室の中へとライルが顔を覗かせると、


「ライル、こっちにいらっしゃい」


 息子の存在に気付いたレイラが、微笑を浮かべて手招きをするので、ライルはおそるおそるベッドへと歩み寄る。

 そうして近付いたレイラの腕には、白い布に包まれた小さな命があった。


「これが……」

「そうよ、ライルあなたの妹、リリィよ」

「リリィ……」

「ええ、祝福を呼ぶ花から取ったの。よかったら抱いてあげて」

「あ、ああ……」


 レイラから差し出されたリリィを、ライルはおそるおそる手を伸ばして、母の見よう見真似で落ちないようにしっかりと抱く。


「…………温かい」


 しっかりと熱を持った確かな命を肌で感じたライルは、静かな寝息を立てているリリィを見て頬を緩ませる。


 魔王として幾度となく輪廻転生を繰り返して様々な経験を積んできたライルだが、こうして人間の誕生の瞬間……それも神の祝福を受けた勇者の誕生に立ち会えたことに、ある種の感動を覚えていた。

 当然ながら、こうして人間の赤子を見るのも抱くのも初めての経験ではあるのだが、


「赤子は可愛いものだと聞いていたが……何だか猿みたいだな」


 思わず見たままの感想を口にする。


「フフッ、相変わらずね」


 失礼なことを言うライルに、レイラは口元に手を当てながら苦笑する。


「でも、あなたが生まれた時も、同じような顔をしていたのよ?」

「むっ……そ、そうなのか?」

「そうよ。あなたが生まれた時はね……」


 レイラは我が子たちを抱き寄せると、穏やかな笑みを浮かべながら、ライルが生まれた時の様子を嬉しそうに語る。


 幸せそうなレイラに頭を撫でられながら、ライルは静かに寝息を立てているリリィを改めて見る。


(もしかしなくても、この子にはこれからも魔王の手の者がやって来るのだろう)


 リリィが勇者として選ばれたのは、勇者に異世界へと追放された魔王が、ライルの体に転生したことと何かしらの因果関係があるのかもしれない。


 だが、こうして勇者の兄となったライルのやることは決まっていた。

 様式美を愛する魔王として、数多の勇者を育てて来た経験を存分に活かす時が来たのだ。


(心配しなくても、我の持てる全てを用いて、お前を立派な勇者にして見せるさ)


 そう心に固く誓ったライルは、リリィの穏やかな寝顔を見て相好を崩した。

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