第5話 炸裂!外道魔法
ババーン! という効果音が聞こえてきそうな勢いの名乗りに、ライルは当初、何を言われたのか理解できなかった。
「………………えっ?」
「何、聞こえなかったのか。仕方ないな」
末っ子ベリアルと名乗ったベリアルは「コホン」と咳払いをしながらもう一度決めポーズを取ると、再び首を捻って名乗る。
「俺様は上級魔族ベリアル七十二柱の一人、六十八男末っ子ベリアル様だ!」
「…………」
一度目と全く同じことをいうベリアルに、ライルは呆れたように項垂れる。
だが、それでもどうにか頭を働かせ、ライルはこめかみ辺りをほぐしながら確認するように尋ねる。
「……えっと、何だ。つまりお前は、七十二いるベリアルの六十八人目ということでいいのか?」
「違う!」
「ち、違うのか?」
「言っただろう。俺様は末っ子ベリアルだと」
末っ子ベリアルは「チッチッ」と顔の前で人差し指を揺らしながら話す。
「俺様には四人のお姉ちゃんがいるんだよ。だから六十八男でも七十二人兄弟姉妹の中で一番年下なのだ!」
「………………そうか」
本当にどうでもいい話が飛び出したことに、ライルは全身から力が抜けたかのようにがっくりと項垂れる。
(というか、七十二人兄弟姉妹って多過ぎだろう)
魔物は比較的長命の者が多いが、それでもそれだけ多くの家族を作るとなると、かなりの時間を要する。
(魔物たちの数が増え過ぎないように管理するのもまた魔王の仕事のはずだが……)
一体、この世界の魔王は何を考えているのだろうか。
多過ぎるベリアルの家族構成についてあれこれと考えていると、末っ子ベリアルは「ゲヘッ、ゲヘッ」と汚らしい笑い声をあげながらライルが指差した家を見る。
「俺様必殺のエネルギー弾を防がれたのは驚いたが、逆に手間が省けて助かったぜ」
「……あっ?」
訝し気に顔をしかめるライルに、末っ子ベリアルは口角をにんまりと吊り上げて得意気に笑う。
「だってそうだろう! 生まれたばかりの勇者を殺しに来た俺様に、わざわざその居場所を教えてくれるんだからよ」
「何……だと!?」
末っ子ベリアルの言葉に、ライルのこめかみがピクッ、と反応し、みるみるうちに怒りを表す青筋が浮かび上がる。
「生まれたばかりの勇者を殺すというのか? お前ほどの格の魔物が……」
「ハッハーッ! だから何だと言うのだ。生まれたばかりなら何の苦労もなく、それこそ赤子の手をひねるより簡単に殺せる。こんな楽な任務など他になくて助かるぜ」
「任務だと? お前は誰かの命を受けて、勇者を殺しに来たというのか?」
「それを教えてやる義理はないね。そんなことより俺様は今、人間のメスガキを一人喰って気分がいいんだ。とっとと勇者を殺して、食後のデザートにもう一人や二人、メスガキを狩りに行くから、お前みたいなガキとのお喋りはここまでだ」
そう言ったベリアルは、右腕をブンブン振り回しながら戦闘態勢に移行する。
「なるほど……それがお前の考えということだな」
今にも襲いかかって来そうな末っ子ベリアルを前に、ライルはゆっくりと頷くと、
「ならば我が、ここで貴様に引導を渡してやろう」
右手を広げると、真っ直ぐ末っ子ベリアルに向けて掲げる。
「……今から見せる魔法は、我が結婚したくない異性ナンバーワンに十年連続で選ばれ、殿堂入りすることになった魔法だ」
「はぁ!? いきなり何言ってんだ。どう見てもお前、十年も生きていないガキじゃないか……それともそう言う設定ってやつか? いいぜ、そのお前のとっておきとやら、俺様に喰らわせてみろよ……できるならな? ブヒャヒャヒャヒャヒャ……」
「……言ってろ」
腹を抱えて馬鹿にする末っ子ベリアルに、冷めた表情のライルは冷静に頭の中で魔法の術式を組み立てていく。
(攻撃魔法を封じられた我だが、どうしてか自分で開発した魔法だけは使えるようだ)
それは勇者のミスなのか、それとも単に気付かなかっただけなのかはわからない。
だが、こうして相手が油断してくれているなら、魔法がちゃんと発動するか確認するには最高の獲物だ。
両手を広げて余裕の笑みを浮かべている末っ子ベリアルに、ライルはじっくりと練り上げた自分のオリジナル魔法を発動させる。
「喰らえ、
すると、ライルの右手から四本の赤い牙が生まれ、末っ子ベリアルを取り囲むように四方から襲いかかる。
「う、うおおおおおおおぉぉ!」
まさか本当に魔法が発動するとは思っていなかったのか、驚愕の表情を浮かべた末っ子ベリアルは、防御すらままならず四つ赤い牙の直撃をまともに受ける。
「あああああああああぁぁ!!」
末っ子ベリアルは叫び声を上げながらのたうち回るが、
「…………ってあれ?」
自分の体に痛みもなければ、これといった異変がないことに気付き、キョトンと目を丸くさせる。
「…………ヘヘッ、何だ。驚かせやがって」
末っ子ベリアルは、無様な姿を晒してしまったことを誤魔化すように汗を拭いながら、ニヤリと笑う。
だが、次の瞬間、
「うっ、うぐっ……痛っ、いたたたた!」
末っ子ベリアルは全身に脂汗を浮かべながら、腹を押さえて苦しみ出す。
「この……クソガキ。一体何をしやがった」
「フッ、どうやら上手くいったようだな」
苦しむ末っ子ベリアルに、ライルは放った魔法について話す。
「鮮血に染まる妊婦は、体内に取り込んだ血肉に命を与える魔法だ」
「なん……だと?」
脂汗を浮かべながら苦しむ末っ子ベリアルに、ライルはでっぷりとした奴の腹を指差しながら魔法の説明をする。
「貴様は先程、人間の少女を食べて来たと言ってだろう。だから我が、消化中であろう血肉に命をに与えたのだ。そして命を得た血肉は、この世に生まれるため、宿主を喰らうのさ」
「で、ではこの痛みは?」
「血肉が成長するためにお前の内臓を喰らっているのさ。今、お前が感じている痛みは、さながら妊婦の陣痛というわけさ」
ニヤリと笑いながら得意気に語るライルだが、真っ当な女性が聞いたら、一斉に抗議の声を上げてきそうだった。
「うぐっ……痛い…………お腹が……い、痛っっ…………」
だが、体内から喰われるという、逃れることすらできない痛みに襲われている末っ子ベリアルに、答える余裕などあるはずもなかった。
「た、助け…………」
腹を押さえ、多量の血を吐き、痛みにのたうち回る末っ子ベリアルは助けを乞うようにライルへと手を伸ばすが、
「あぎゃっ!?」
次の瞬間、末っ子ベリアルの腹が紫色の血を噴き出しながら裂け、中から血のように真っ赤な体躯の不定形の異形が姿を現す。
「キシャアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
体内に取り込まれた血肉だけで形成された異形は、生まれて来たことを喜ぶように雄叫びを上げるが、末っ子ベリアルが絶命したことで魔法の力が切れ、宿主の体ごと地面に落下をしていく。
異形と共に落ちていく末っ子ベリアルの体を眺めながらライルは、とても弱い十に満たない少年には見えないシニカルな笑みを浮かべる。
「おめでとう。元気なお子さんだ」
そう呟くと同時に、巨体が地面へと落下して地面に赤い花を咲かせた。
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