第2話


この世は素晴らしい。戦う価値がある。

                 ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』


 9月某日。残暑。放課後。

 地下通路はまるで蒸し風呂のようだ。

 長い純白のコートと揺れる二つの影。

 地下通路の空気はひどく淀んでいた。豆電球が一定間隔で照らすだけのうす暗い通 路だ。ところどころ床が軋み、壁材も剥がれ落ちている。

 そして、いたるところに張り紙。戦士たちを鼓舞するプロパカンダ用の宣伝文句から、功績を称える記事。敵将の首を掲げる兵士の姿が映されたものもある。

 どれも、かの激闘と勲章を伝える歴史的証言の一部だ。

 瀬戸悠馬は、半歩前を行く鈴木蓮の背中を見つめていた。少しもブレることのない鈴木の歩幅に合わせる。


「このコートを着るのも、今日で最後だ」


 鈴木が振り返ることなく言った。


「喜ばしいことです」


「俺は結構好きだけどな。このコート」


 鈴木ははじめて立ち止まり、改めて自分の身なりを確認した。鈴木の言動に瀬戸は戸惑った。その顔を見た鈴木は声をあげて笑う。笑い声が地下通路に響き、暗闇に消える。


「冗談だよ」


「冗談でも、いけません」


「真面目だな~、悠馬は。相変わらず」


「鈴木少将。任務中は瀬戸中佐と呼んでください」


「そういうとこだよ。お前は少し真面目すぎる。でも、お前がいてくれなきゃ、俺たちはここまで来られなかった」


 鈴木はそっと微笑んだ。


「ありがとな。今まで」


「え?」


 鈴木はそう言って、再び歩き出した。瀬戸はその後を追わなかった。鈴木の微笑みから、全てを悟った。


「悠馬。早く来い」


「鈴木先輩」


 瀬戸が言うと、鈴木は立ち止まった。


「冗談……ですよね」


「俺たちは運がないな」


 鈴木がふと呟いた。


「普通の学園生活を送りたかったよ。これだから、〈体育(せんそ)祭(う)〉は嫌いなんだ――」

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