14 ◆
ついに教室が二階まで降りてきた。
すでに粗方グループが出来上がってしまっているらしい教室を、なんともなしに眺める。制服の着崩し方を見るだけで、クラスのカーストがわかるようだった。
校舎の四階は一年生の教室だ。三階は二年生。そして、二階が三年生。エレベーターなんて便利なものはないわけで、十代半ばにして身体の鈍った私にとっては、非常に嬉しいことであった。
一年生の頃は毎日四階まであがるのが苦痛で、けれどそのかわり、高い位置から眺める校庭の景色は嫌いではなかった。
二階からでは、体育の授業を受けている者たちの表情までよく見えそうだ。
席の並びは新学期らしく、まだ出席番号順である。
熊倉。カ行はもちろん真ん中に近い位置で、残念ながら窓際の席は遠い夢の話だった。友人の少ない私にとって、教室のど真ん中にひとり取り残されるのはなかなかの苦行でなかろうか。
カースト上位のギャルあたりが「センセー、席替えしよー」と言ってくれるのを心待ちにするしかない。
先ほど始業式を終えたばかりであるが、三年目ともなると皆慣れたもので、初々しさなどカケラもない。パリパリの真新しい制服を着た新入生とはえらい違いだ。
成長期を終えた男子の制服はツンツルテンで、くるぶしまで覗く者がいる。パンツが見えそうなほどスカートを短くした女子がいれば、指定以外のカーディガンを着こなす者もいる。
私の制服は面白みもなく、客観視せずとも地味一辺倒だった。
このあと担任がやってきてホームルームを行い、視聴覚室に教科書や資料集を取りに行き、各々部活や委員会に顔を出したら終わり。
新学年の浮かれた雰囲気もどうせ今日明日までで、授業が始まればまた昨年と変わらない日々がやってくる。
けれど、あの狭い部室に行っても、もう先輩はいないのだ。今頃、第一志望だった大学で華の女子大生をやっているのだろう。
羨ましいのか、寂しいのか。それを実感するのは、たぶんもう少し先の話。
「はるぅー!」
「ぉわっ!」
「三年にしてやっと同じクラスー!」
由紀の声がしたと思ったら、背に軽い衝撃を受けた。
こちらもまた、随分と初々しさのない新しいクラスメートだ。
「由紀の席、窓際じゃん。いいなー」
「いいだろー! どうせすぐ席替えしちゃうだろうけどね」
原。ハ行は高確率で出席番号が後半だ。羨ましい。
原由紀。はらゆき。由紀の名前はフルネームでも四文字しかない。本人は原という名字が嫌いらしく、将来は名字が長い男と結婚するのだと息巻いている。
はらゆき。なんとなく柔らかい雰囲気があって、実は結構気に入っていたりする。本人には言っていないけれど。
「つーか、内部推薦組少なくない? もっといるかと思った」
由紀が言う通り、この新しいクラスは附属大学への内部推薦を目指す者たちが集まっている。受験にやる気のない寄せ集めだ。
内部推薦クラスが二組、外部推薦クラスが一組、一般受験クラスが一組。私は入学当初から予定していたとおり、附属大学への内部推薦組だ。
誰かの椅子を無断で拝借した由紀が、私の机に頬杖をつく。
「はるさぁ、ホントに受験しないの?」
「ん? うん。しない」
「指定校だって余裕なんでしょ?」
そうだね、と頷いて見せる。そんなことないよ、などと謙遜しても仕方のないことだ。
私は成績が良い。頭が良いわけでも、勉強ができるわけでもない。たんに"成績が良い"だけだ。
定期試験は授業で習った以上の問題は出題されないし、提出物も疎かにしていない。そうやって真面目に過ごしていたら、私程度の成績など簡単にとれるだろう。
内申点とはそういうものだ。
この二年間、私は成績表で三以下の数字をほとんど見たことがない。唯一、体育で何度か三をもらったが、それ以外のほとんどは四か五だ。
成績の良さ故に、昨年末の進路希望調査では担任教師から大いに引き留めを食らった。熊倉さんの成績ならもっと良い大学の推薦がとれる、だってさ。
けれど、先ほども申したとおり、私は成績が良いだけで、けして勉強が得意なわけではないのだ。見栄を張って良い大学に行ったところで、入学後についていけなくなるのがオチだ。
遊び呆けて留年するより、勉学についていけずに留年する方が嫌だ。ならば最初から、高望みなんてしないほうがいい。
「創園だってそこそこの大学だし。いいかなって」
「もったいないなぁ……私なんて内部推薦でもギリギリなのに!」
創園大への内部推薦は、三年間の成績の平均で決まる。故に。
「私、三年の成績がオールイチでも創園いける」
「マジで!?」
マジマジ、と頷いて笑う。
そうなのだ。一年と二年での成績が、平均で四.三。三年の成績ですべて評価一を貰おうとも、創園大ならば確実にいける。ある意味、夢の切符といえる。
とは言え、学部は選べない。私が目指している学部に行くためには、オール二以上をとる必要がある。
まあ、それでもオール二だけど。
「あと一年遊び放題じゃん!」
「バイトしようかなって」
とくに欲しいものがあるわけではないが、好奇心でアルバイトをしてみようと考えている。
私は昔から、何かが欲しいとか、何かがしたいと主張するのが苦手だった。なんとなく申し訳なくて、なんとなく恥ずかしくて、どうにもお小遣いを強請るのが苦手なのだ。
両親は良い意味で放置主義で、私が決めたことに対して大きな否定をすることはない。そのかわり、あれをしろ、これをしろと口出しすることもないため、自分で選択せねばならないことも多いのだけど。
アルバイトをすれば、なにか入り用があったときにもお小遣いを強請らずに済む。ガツガツ働くわけではないが、悪い選択ではないように思えた。
「あ、若菜だ。わーかーなーっ!」
由紀の声に導かれるように廊下に目を向けると、人に囲まれた金髪がニパっと笑って手を振った。
「原ちゃーん! A組なんだねぇ」
「そうだよー。はると同じー」
「お、ホントだ、熊ちゃんもいるー!」
教室の外から声をかけてきた若菜に、適当に手を振りかえす。
そういえば若菜は何組なのだろう。内部推薦という話も、一般受験という話も聞いていない。
一緒に歩いていた数人に一言二言話しかけると、彼らは若菜をおいて自分たちの教室に向かって行った。
相変わらず若菜の周囲には男女の隔てなしに人が集まる。そんな人混みの中で、若菜の金髪だけがキラキラしていた。
教室に入ることもせずに、入り口から顔だけを出す。
「若菜、B組?」
「シー!」
指でCの形を作っているけれど、どうみても反転している。視力検査じゃあるまいし。
「えっ、外部なの!?」
興味がないフリをしながら、由紀と若菜の会話にこっそり耳を傾けている。そのことに自分で気づいて、勝手に恥ずかしくなった。
「まあね! この若菜には壮大な夢があるのだよ!」
「あはは! 世界セ服とか?」
「それもいいねー、大統領ワカナ! イエスアイキャン!」
なんとなくそんな気はしていたけれど、そうか。若菜は大学、別なんだ。
私はA組。若菜はC組。今年も体育は別だし、体育祭だって違う組み分け。
遠くにいる若菜と目があって、また当たり前のように若菜が微笑んで、私はいつもように目を逸らした。
視線の先に時計。長い針が動いて、予鈴が鳴った。
「あ、やべ。じゃ、原ちゃん、あとでねー」
「はーい、鍵はまかせろー!」
ああ。三年生が始まる。
受験に追われる同級生を横目に、大っぴらに遊んでやるのだ。アルバイトをして、それで由紀がやってるゲームでも買ってみようかな。先輩とやっていたように、私とも対戦してくれるだろうか。
世界遺産研究部。今年は何人の新入生が入部して、何人が幽霊になるのだろう。今年で二年生になる後輩は、今年も部室に入り浸るだろうか。
文化祭はまた展示かな。それとも人数が足りなくて展示すらやらなくていい、なんてことになったりしないかな。
文化祭で展示をやるのなら、また若菜と準備をするのかな。
高三の始まりはなんの憂いもなく、それでいてなんとなく残念だった。最後くらい、同じ教室で金髪を眺めていたかったなって。
高校、最後の一年が始まる。
早く、放課後にならないかな。
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