第4話 『行商人の男 ゲルト』

「あ、いたいた」


 川を上流に進んでいくと、古い橋の下に一艘いっそうの小舟が浮かんでいた。

 橋は初代村長が作ったもので、この橋に触れたことでナミラはラビの前世を思い出した橋だ。


 小舟は陸に打たれたくいに繋がれており、流れに合わせて小さく揺れている。

 この揺れを楽しむように、舟の上では一人の男が寝ころんでいた。


「ゲルトさん、起きて。ナミラだよ」

「んあ? もう来たのか。すまん、あんまり気持ちがよかったもんで」


 体を起こしたゲルトは伸びをして、頭を掻いた。

 無精ひげを生やし、穴の開いた服。一方で、濃い緑色のマントは魔法が施された上等なものだったが、今は丸められて枕になっている。


 胡散臭い風貌のゲルトだが、なんでも取り扱う行商ぎょうしょうとして、三年前からテーベ村を訪れている。

 その度に子どもたちにお菓子を配り、異国の話を聞かせてやるなど面倒見が良かった。売る商品も、真贋しんがん確かで質が良いと村人たちからの評判もいい。


「なんだ、今日はアニもいっしょか。こんな昼間からデートなんて、熱いねぇお二人さん」


 ゲルトはからかうように笑い、両手で作ったハートに二人を収めた。


「やだぁ、ゲルトさんったら!」


 アニは照れ笑いを浮かべ、ゲルトの肩を殴った。

 その威力は見た目のわりに強く、ゲルトの顔が小さく歪んだ。


「ふざけてないで、はやく見せてよ」

「そう急かしなさんなよ。ほら、ちょっと下がってくれ」


 舟から降りると、子ども二人は橋の影に隠れるように並び、正面にゲルトが座った。


「さあ、ナミラ。これが今回仕入れた品だ。解析よろしく頼む」


 ゲルトは露店用の大きな絨毯じゅうたんを敷き、その上に商品を広げた。

 ナミラは商品を一瞥すると、深呼吸をして【解析眼】を発動した。

 彼の商品が良いと言われる理由。

 それは、ナミラが鑑定をしているからに他ならない。


 三年前。

 テーベ村を訪れたゲルトは、広場で曲芸を披露していたナミラを気に入り、古い首飾りを送った。それは踊り子ターニャの前世を呼び起こし、前世集めに一役買う結果を生んだ。

 ゲルトが各地を旅していると聞いたナミラは、彼の商品がより多くの前世を得るのに役に立つと考えた。

 そこで自分が【解析眼】を使えることを話し、取引を持ち掛けた。


 自分が商品を鑑定する代わりに、売りに出す前にすべて見せてほしい。

 こっちが気に入ったものを安く売ってほしい。

 一回につき五〇〇〇ゴールドの報酬。

 もちろん情報に嘘はつかず、高価なものを不正に手に入れようとはしない。


 以上の条件を淡々と話すナミラを、ゲルトは怪しんだ。しかし、年齢に不釣り合いな大人びた雰囲気に惹かれ、報酬を減額することで協力関係を結んだ。

 

 それから年に二度、このやり取りをしているが、残念ながら新しい前世には出会えていない。


「……この指輪の宝石は本物。こっちはただのガラスだね。このナイフは、切れ味はいいし見た目も派手だけど、金の装飾が偽物……うん、食器類は全部銀で出来てるよ。絵皿は全部、贋作がんさくだね、名職人ドマの作風に似せてはいるけど」


 ひとつひとつ手に取りながら、淡々と結果を伝えていく。

 その内容によって一喜一憂するゲルトを笑いながら、アニはナミラの真剣な横顔をチラチラと見つつ、胸のときめきを感じていた。


「ちくしょう、あの若造から仕入れたもん全部ダメじゃねえか。今度会ったらぶん殴ってやる」

「あ! ゲルトさん、これ大当たり! 中にでっかいダイヤが隠されてる!」

「なんだと!」


 貴族が断捨離だんしゃりしたものだという傷んだクマのぬいぐるみに、意図はわからないが大きなダイヤモンドが隠されていた。


「うわぁ、きれい」


 ゲルトが取り出した拳ほどのダイヤを、アニはうっとりと見つめた。


「よっしゃあ! これひとつで大儲けだ! おい、アニ。言っとくが触らせねぇぞ?」


 ダイヤにはしゃぐ二人を尻目に、ナミラは次々と解析を進めていく。


 そして、手のひらに乗る古い木箱を掴んだとき、ひとつの前世が蘇った。


 前世での名はラーベ。

 五〇二年前、今は滅びた王国で生きた細工師さいくし


 思わずナミラの動きが止まる。


 前世の追体験自体は一瞬で終わるが、その人生になにも思わないわけはない。現代とのつながりに想いを馳せ、ポルンのときには祈りを捧げた。


 だが、今回はそのどちらでもない。


 ナミラはしばらく動けず、額にはじっとりと汗を掻いていた。

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