第3話 『ダン、デル、アニ』

 二人ともナミラと同じ十歳で、いつもいっしょに行動している。

 ダンは同じ年ごろの子の中でも体が大きく、力も強いガキ大将のような存在だった。

 一方デルは細身で小さく、ダンの後ろにいると姿が見えないほどだ。


 ナミラを睨む二人の手には太い木の棒が握られており、どちらも肩で息をしていた。 


「こんにちはじゃねぇ! よけんな!」

「な、なんでわかるんだよぉ!」

「いや、そんな理不尽な……」


 ナミラが独り言を呟く間、ダンとデルは手に持った木の棒で後ろから何度も殴りかかった。

 しかし、道化師ポルンのスキル【危機察知ききさっち】で、狙われている箇所がムズムズとした感覚で分かるため、子ども二人の奇襲など無意識でかわしていた。


「大人たちは、お前のことすごいって言うけど、おれさまはちがうからな! ぜったいお前をたおしてやるからな!」

「やーい! えーっと、ばーか!」


 二人がこんなことをするようになったのは、いつからだっけ。

 ふと考えたナミラだったが、振り返る年数が少ないためすぐに思い出すことができた。


 それは、ナミラが大人たちから特別な支持を得るようになった、三年ほど前。

 前世集めと家計を支えるために、その頃から宿や村の広場で前世の技を披露していた。

 道化師の軽業や踊り子の舞、世界を旅した吟遊詩人の演奏。

 どれも好評で、不真面目な大人よりもよっぽど稼ぎがある。さらに、平凡ながらもいっぱしの商人であったレイジの知識を村人に広め、村の経済発展にも貢献した。

 そんな活躍を村人たちは称賛し、なかには神童と呼ぶ者もいる。


 思い出したナミラは、二人の気持ちを察するように頷いた。

 ダンとデルはそれが面白くないのだろう。

 それまでは普通の子どもだったのに、急に大人びた口調になって訳のわからないことをやり始め、もてはやされることが気に入らないのだ。


 無理もない。

 急な変化は気味が悪いだろうし、十歳の頭ではやっていることを理解するのは難しい。

 最初は小突く程度だったのだが、ろくに反応しないことも腹が立ったんだろうな。

 それから石を投げたり物を隠したり、今や割と危険な暴力にまで発展してるんだからこれは相当嫌われてるな。


 ナミラは深呼吸をして、二人と向き合った。


「ねぇ、僕のことで気に入らないところがあるなら改めるよ。だから、もうこんな危ないことやめてくれないか?」

「うるさい! お前のぜんぶが気に入らないんだよ!」

「そうだそうだ! ばーか!」

「そう言われてもなぁ」


 ナミラは困って頬を掻いた。


「とりあえず、おれさまになぐられろよ! そしたら教えてやる!」

「いや、そんな木の棒で殴られたら怪我するよ」

「うるさい、ばーか!」

「デルはせめて、悪口の種類増やそうか」


 二人はナミラを睨みつけ、同時に棒を振りかぶる。


「いくぞーいでぇ!」

「あいたぁ!」


 揃って殴りかかろうとしたダンとデルだったが、頭にゲンコツをくらった。


「もう! ふたりとも、またナミラのこといじめて! ダメって言ってるでしょ!」


 悶絶する二人の背後には、褐色肌の少女が頬を膨らませて立っていた。


「ア、アニ! なにすんだよ! 痛いだろ!」

「たんこぶできちゃったよぉ」

「なに言ってんの? あんたたちがナミラにやろうとしたことじゃない! わたし、見てたんだからね? 人にはするのに自分がされたらイヤなんて、都合良すぎるんじゃないの?」

「う……」


 正論を言われ、ダンとデルはなにも言い返すことができなかった。


 アニはナミラたちと同じ歳の少女で、村にある酒場の一人娘であり、看板娘を名乗っている。

 大人と接することが多いからか、口が達者で行動力があり、村の子からは姉貴分として慕われている。


「お、お前には関係ないだろ!」


 ダンがやっと口を開いた。


「関係大ありなんですけど。あんたたち、お手伝いサボってどこかに行ったって、おばさんたちカンカンになってたよ? わたしは、見かけたらそのこと伝えて、ついでにゲンコツしといてって言われたの。今すぐ戻ったほうがいいんじゃない?」


 アニが二本の三つ編みを揺らし、勝ち誇った笑みを向けた。


「げ……わすれてた」

「や、やばいよ。ダンちゃん」


 ダンは木の棒を投げ捨てると、悔しさが滲んだ顔でナミラを睨みつけた。


「今日は、このくらいにしといてやるっ!」


 捨て台詞を吐き、ダンはナミラとは逆の方向へ走り去った。


「ま、まってよ~」


 泣きそうな声を上げ、あとを追うデル。

 その様子を、アニは呆れた顔で見ていた。


「まったく。あのふたりには、困ったものね」

「ありがとう、アニ。おかげで助かったよ」


 ナミラが礼を言うと、ダンたちとは打って変わって可憐な笑顔が向けられた。

 栗色の髪が、日の光できれいにきらめいた。


「ううん! ナミラならわたしが来なくても、なんとかしてたでしょ?」

「そんなことないよ。アニが来てくれてよかった」


 ナミラの微笑みにアニは頬を赤らめ、わざと視線を逸らした。


「そ、それならいつでも助けてあげますけど?」

「ありがとう。そうだ、今からゲルトさんに会うんだけど、いっしょに行かない?」

「いいの? いく!」


 突然の誘いだったが、アニには断る理由などない。


「はい」

「え? なに?」


 当たり前のように差し出された手に、アニは首をかしげた。


「このへん、昨日の雨で滑りやすいから。手、繋ご?」

「え! あ、その。お、おねがいしましゅ!」


 ナミラは純粋に危ないと思っただけなのだが、恋する少女に効果は抜群だ。

 アニがぎこちなく手を握ると、二人はゆっくりと歩き出した。


(きゃーっ! なにこの幸せな状況!)


 道中、アニは胸の高鳴りでどうにかなりそうだった。

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