第一章 百万一回目の人生 幼年期

第2話 『ナミラ・タキメノ』

 大陸の東に位置する人間の王国セリア。

 その北方、バーサ帝国との国境近くにテーベという村がある。

 交易を行う商人や砦の兵士。さらに旅の冒険者たちが立ち寄ることが多く、鍛冶屋や宿屋など様々な職種の者が暮らしている。そのため、付近でも一番活気のある栄えた村であった。


 その近くを流れる川のほとりを、ひとりの少年が歩いている。


 たびたび少女と間違われる整った容姿をしており、くりくりとした大きな目を輝かせ、そよ風になびく黒髪を揺らしながら、鼻歌を歌っていた。


「いい天気だなぁ。昨日の雨が嘘みたいだ」


 空を見上げた少年の耳に、風に乗って仕事に励む大人たちの声が聞こえた。

 思わず内容を聞こうとした自分に気づき、彼は自傷気味に笑った。


「ダメだなぁ。まだレイジだったときの癖が抜けきってないや」


 彼の名前はナミラ・タキメノ。

 かつてレイジ・ベアだった魂が百万一回目に転生した姿である。


 ナミラの人生が変わったのは彼が五歳のとき。

 ある日突然、自分がレイジ・ベアであったことを理解した。

 生涯の記憶や女神シュワと話したことを覚えてはいたが、そのときまではただの夢だと思っていた。自分のこととして受け入れられたのは、物事をある程度理解し思考する力が身についたからだろう。


 家族が寝静まったその日の夜。

 彼は自分の手を見つめながら、小さな声である魔法を唱えた。


解析眼アナライズ


 レイジだったとき、商売のために習得した魔法。

 目で見たものの状態や、生き物であればステータスが分かる効果を持つ。

 覚えるために高い金を払ったにもかかわらず、能力を活かす前に世を去ってしまった。

 その後悔からダメ元で使ってみたのだが、問題なく使うことができた。


 個人名 ナミラ・タキメノ。年齢 五歳。

 種族 人間。性別 男。

 状態 健康……。


 基本的な情報を確認したあと、ナミラは見慣れぬ項目を発見した。


 ギフト【前世】 

 魂に刻まれた前世の記憶と、習得していた技や能力を身に着けることができる。

 発動条件 知性無き前世は同種族に触れること。知性有る前世は、その前世で関わりのある物・生物などに触れることで蘇る。


 レイジもギフトの存在は知っていたが、その人生では出会ったことがないほどに珍しく、その力は二つとない特別なものとされていた。

 現に内容が事実なら、今後ナミラは一生で得る知識や経験を、最大で百万回分手に入れられることになる。


 あまりの強大さに怯えたナミラは、いっそすべて隠したままこの村で静かに暮らそうかと考えた。

 しかし、シュワの「百万回、同じ死に方をしている」という言葉が蘇り、その考えは消え去った。

 代わりに、一つの疑問が頭に浮かぶ。


 この人生でも、誰かの犠牲になって死ぬことが決まっているのだろうか、と。


 その瞬間、体の芯が震えた。

 だが不思議と、恐怖や不安といったものはない。

 やる気や喜びに似た感情が、炎のように燃え滾っている。


 もし避けられないのなら、力を蓄え備えればいい。


 誰かを守り抜くことができる力、あらゆる脅威を退ける力を。

 何であろうと、どれだけ多くの命であろうと絶対に守る。

 この百万一回目の人生で必ずやり遂げてみせる!


 争いを避けてきたレイジではない、この人生の主役であるナミラとしての決意。

 その日からナミラは自分の能力を試しつつ、力を得るために前世集めを開始した。


 そして現在。

 十歳になったナミラは、歩きながら【解析眼】で自分を見つめ、現状を整理していた。

 

「うーん、この五年間で集まったのは、旅の芸人集団に会ったとき道具に触れて思い出した、道化師ポルン。骨董品のペンダントで思い出した踊り子ターニャ。詩が伝わってた吟遊詩人ジョニー。この村の初代村長ラビ、そしてレイジか……やっぱり、ちょっと頼りないなぁ」


 今までに得た前世を確認したナミラは、小さくため息をついた。


 なるべく強力な前世を手に入れるため、ナミラは村中の古い家や物に手当たり次第触った。村に立ち寄る冒険者らとも積極的に交流し、ときには幼さを利用して体や持ち物に触れたりもした。

 しかし、期待した強力な前世は今のところ得られていない。


 どれもあまり戦闘向きではなく、使えそうなのは道化師と踊り子の身体能力くらいだった。

 魔法に望みを託したが、どの前世も指先に火を灯す火生チャッカーや、手のひら一杯の水を生み出す水生ウルルなど基本しか覚えていなかった。


「もっと都会に行ったほうがいいんだろうけど、まだまだ子どもだしなぁ」

「フンッ! オラッ!」

「えい! やあ!」


 進んだ先に水たまりがあったので、ひょいと飛び越えた。


「もっと村に来る冒険者とも触れ合ったほうがいいかな? いや……今から十二年前の前世がレイジで、その次に新しいのが八十四年前の村長って考えると、その間の前世は人間以外の可能性があるな。となると、冒険者の持ち物で前世から伝わってるものなんてほとんどないか」

「おいッ! こらッ!」

「えい! もう!」


 考えながら、村を囲む森に目をやった。


「いっそのこと、森で魔獣を探してみるか? いや、でも牙や爪なんかが強力なのであって、人間の体では」

「おおおおい! 無視すんな!」

「こ、こっち、むけよぉ!」


 背後から聞こえた叫びに、ナミラはハッとして振り返った。


「あ、ダンとデル。こんにちは」


 目の前の友人に笑って挨拶をしたが、二人は半泣きになっていた。

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