置き引き
Vさんは、その夜、同い年の女性と予約したレストランでデートをする予定だった。イルミネーションが輝いている待ち合わせ場所で合流し、ベンチに座り、他愛のない会話を始めた。
その途中で事件が発生した。近づいてくる男がいるなと気になっていると、その男がベンチに置いていたふたりの荷物を盗み、猛スピードで逃げていったのだ。置き引きである。Vさんは必死に追いかけたが、ついに逃げられた。こうして、ふたりのデートは最悪な結果を迎えたのだった。
幸いにも、イルミネーションのおかげで、犯人の男の顔立ちや身なりは確認できていた。Vさんはその足で交番まで向かい、置き引きの被害を伝え、いまさっき見た犯人の男の特徴を報告した。無駄だとはわかりながらも、それくらいしか対応できなかった。
スマホも財布も盗まれてしまったので、タクシーを呼ぶこともできなければ、予約していたレストランにキャンセルを伝えることもできなかった。
その日は近くにあった友人宅に寄り、事情を説明して車を出してもらった。あまりにも呆気なく交際していた女性とのデートは終わり、それぞれの家に帰った。予約していたレストランには無断キャンセルをすることになり、たいへん申し訳ないことをした。
Vさんが自宅に着いたころには、予定通りにレストランに行っていれば、予約していた二時間の個室をそろそろ出なければという頃合いだった。気が重くなるのを感じながらも、Vさんはそのレストランに電話を入れた。
無断キャンセルになった事情を説明して、謝罪した。電話に出た若い女性は、はあ、はあ、と溜息のように応対するので、怒りの表現なのだろうとVさんは解釈した。本当に申し訳ありませんでした、と繰りかえし謝罪をしていると、「えっと、あの」と女性が謝罪に割り込んできた。続けて女性は告げた。
「今日の午後八時から二名様で個室を予約されていたVさまでいらっしゃいますよね? Vさまなら、予約通りに、午後八時にお越しいただきましたが?」
などと意味のわからないことを言うので、今度は、Vさんのほうが、はあ、と困惑の溜息を吐く番だった。てっきり相手の女性が憤怒に染まっているものとばかり思っていたのに、そういうわけではなかったようだ。
困惑の末に、きっと、この女性は勘違いをしているのだ、という考えにVさんはいきついた。勘違いを正すためにも名前をいまいちど告げ直したのだが、女性は「だから、Vさまですよね?」と苛立ちを露わにするのだった。
「Vさまなら、さきほど帰られたばかりです。予約通りにいらっしゃいましたよ。無断キャンセルなんて、今日は、一度もありませんでした」
何度、名前を告げ直しても、この調子だった。最初のうちはなにかの勘違いがあるのだとしか思えなかったのだが、徐々に奇妙な現実がVさんの身体に染み込んできた。不気味だった。Vさんはレストランに行っていないのに、そのレストランには予約した時間にVさんを名乗る人物が訪れていたという。
いったい、なにが起こっていたのか、たしからしいことは現在もわからない。ただ、この一件以来、ドッペルゲンガーなどいるわけがない、とは言いきれなくなったVさんだ。
幽霊が、いる 山本清流 @whattimeisitnow
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