背文字あそび
育児のために忙しい日々を過ごしているPさんは、最近になって、夢を見るようになった。
子供のころの体験を再生するような夢ばかりだ。夢らしい抽象性を持ち合わせていないのだが、意外に新鮮に感じる。大人になってから子供のときの体験を振りかえると、なんとなく真新しいものに見えるのかもしれない。
ある週末の夜も、Pさんは夢を見ていた。小学生のときによくクラス会でやっていた背文字あそびの夢だ。
背文字あそびとは、背中に文字を書いてもらい、その文字を当てる、というゲームだ。Pさんのクラスでは、端っこの子から端っこの子まで同じ文字を伝達できたときに成功だというルールで遊んでいた。
Pさんは、このゲームが怖かった。もしも自分が文字を誤認して間違った文字を次の子に伝えたら、自分のせいでゲームが失敗することになる。激しい緊張感の中、背中に書かれる文字に全神経を集中させていた。
Pさんが見ていたのは、悪夢だった。背中に指が触れるのを感じる。その指がぐっと押しつけられる。さ、さ、と動いて、なにかの文字を形づくる。その文字がなにか、わからない。ヤバい。焦ったまま、考える。この文字はなんだ? いくら考えても、わからない。誰か、教えて。なに、この文字?
はっとして、Pさんは、目を覚ました。目に飛び込んできたのは、天井に吸い込まれていく闇だった。敷布団の上に赤ん坊のように丸くなっているのに気づいて、いまのが夢だったのだと気づく。ひとまず悪夢が去った現実に安堵して、深く息を吸う。
いつもと変わらない暗い寝室の中で、いつもとは違う感覚に気づいたのはすぐのことだった。
ひとりだけの寝室なのに、背中になにかが触れている。それは冷たく、柔らかく、背中の一点に乗っていた。Pさんは息を殺した。夢の続きなのか。そう考えもしたが、背中に感じる感触があまりにも生々しく、夢の続きだとはとても思えなかった。
たしかに、背中に、誰かの指があたっている。Pさんは恐ろしさのあまり、目を瞑った。眠った振りをしてやり過ごそうとしたのだが、そんなPさんの内心を嘲笑うかのように指が動きだした。ぞくぞくと鳥肌が立ち、まともに考えられなかった。その人差し指――Pさんにはそう思えた――は、Pさんの背中を、さ、さ、と動いて、なにかの二文字を繰りかえし書いていた。
背中から全身へと拡がる凍えの中で、かろうじて、文字を読みとったときには、Pさんは叫びそうになった。
しね
pさんはその二文字を読みとった途端に、どうにでもなれと思って、振りかえり、目を開けた。そこに誰かがいるものと思ったのだが、しかし、そこには誰もいなかった。闇に白く浮かび上がる壁があるだけだった。そのときの凍えるような気持ちといったらない。
Pさんは、それ以来、仰向けで寝るようになったという。
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