水槽のむこう
Gさんには二歳の息子がいる。元気いっぱいの息子を連れて、ときどき近所の公園に遊びに行くことがあった。
その日も、そうだった。ブランコやシーソーなどの遊具を、息子は思うぞんぶん遊んでいた。そんな息子が疲れを訴えはじめたタイミングで、休憩のために、近くのカフェにいった。公園で一緒だった友人親子とともに入店した。子供同士がなにやら話を始めたので、Gさんたちも大人だけで話に夢中になった。
息子の様子がおかしいことにGさんが気づいたのは、入店してから三十分ほど経過したときだった。話に夢中だったせいで気にしていなかったが、そういえば、さっきから息子は店内の一点だけを見つめている。なにを見ているのだろう、と気になり、息子が見ているところにGさんも目を向けた。
大きな水槽が店内の中心に設置されていた。どうやら、息子は、さっきからずっと水槽を見つめているらしい。小さいころから好奇心の強い子供だったので、さもありなんと思ったGさんだった。
それで一時は気にならなくなったのだが、何度か、無意識のうちに水槽を見つめているうちに違和感を覚えてきた。
水槽の中に魚がいないことにGさんは気が付いたのだ。その水槽の中になにか魚がいるのであれば、気になって目が離せなくなるのも理解できる。まして、子供なのだから、なんであれ魚には興味があって不思議ではない。しかし、なにも泳いでいないとなると、はて、息子はいったい、なにを見ているのだろうか。
ただの考えすぎかもしれないとは思ってみたが、そう簡単に片づけることはできなかった。Gさんは息子の視線の先を用心深く観察し、なにか面白いものはないか、と探した。なにも見当たらない。
Gさんはいまいちど、息子を見つめた。やはり息子は真っすぐと水槽のほうへ目を向けており、「なにか」に魅入られたかのような様子だ。それ以外のものは見えなくなっているように、Gさんには見えた。それほどに心を惹きつけるものとはなんだろう。
Gさんは、息子と水槽を交互に見つめる中で、息子が見ているのは水槽のさらにむこう側ではないか、という疑いを持ちはじめた。水槽を透かしたむこうには丸テーブルが並んでいるが、お昼を過ぎたそのときには誰も座っていなかった。
ついに我慢ができなくなったGさんは「なにを見ているの」と息子に訊いた。すると、息子は、その「なにか」から目を逸らすことなく、ぽつりといった。
「おばあさんがこっちを見てるの」
そんな人、いるわけもない。Gさんは何度も確認するように水槽のむこうを見たが、誰もいない。かといって、息子が嘘を吐いているとも思えなかった。
きっと、息子には霊感があるのだ。Gさんは、そのように考えることにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます