感触

 八歳の息子が失踪してから、Uさんはなにも手につかなくなった。仕事どころか、家のことも、身だしなみを整えることもできなくなった。その代わりに、Uさんは動き回った。ただただ行ける限りのところに赴き、息子を捜し、その名を叫んだ。


 季節は梅雨にさしかかろうとしていた。女手ひとつで育ててきた息子を、絶対に手放してなるものかとなおも捜し続けた。いっこうにその手掛かりすら浮かび上がってこなかった。弱音を吐く気はさらさらなかったが、Uさんは、息子の失踪を不可解に感じていた。


 それはあまりに突然だった。いつものように学校に行き、学校で授業を受け、夕方に学校を出た。その後ろ姿を担任の教師が目撃しているが、そのあとの目撃証言はいっさいない。学校を出たあと、結局、Uさんの息子が家に帰ってくることはなかった。兆候もなく、まさに忽然と姿を消したのだ。


 どこにいったのだろう。Uさんは思い当たる限りの場所に出向いて隈なく捜したが、見つからない。警察も、ボランティアの人たちも、協力してくれたが、どこからも息子の痕跡が出てこない。どこかに行った、というより、消えた、というように感じられる。パソコン上のファイルがひとつ削除されるように、息子の存在そのものが削除されたかのような印象だった。


 息子がいなくなってから三日目の夜、不安におしつぶされたUさんはリビングのテーブルに項垂れて涙を流していた。まだ三十も半ばにして、息子を失うなど、耐えられなかった。どうして、いなくなったのだろう。幾度も繰りかえした疑問をふたたび浮かべると、自分に落ち度があったのではないか、という妄想にも近い自責の念が込み上げてくる。


 そんなことないわ。かろうじて、なんとか精神を保っていたが、涙が止まらなかった。夜も深まっていく。Uさんが止まらない涙に途方に暮れているときだった。それは不意にやってきた。


 とん、とん。


 たしかに、二度、肩を叩かれたような気がした。真っ先に、息子の姿を思い浮かべて、振りかえった。しかし、洗い物の溜まったキッチンがあるだけで、誰もいなかった。Uさんは、息子の名前を呼んだ。返答はない。


 目には見えないけれど、そこに息子がいるような気がした。Uさんは立ち上がり、なんとなく家を出た。玄関の前まで行くと、とん、とん、とお腹を叩かれた。こちらに来て、と言われているような気がした。叩かれた身体の場所が向いているところへと進んでいくと、十字路に差しかかった。そのときもまた、とん、とん、と今度は右腕を叩かれた。右に来て、と言われているようだった。


 そんなことを何度も繰りかえしていると、学校に近くの裏山まで辿りついた。Uさんは、その裏山に足を踏み入れ、その木々の奥で変わり果てた息子の死体を見つけたのだった。悲しみは激しく心にのしかかってきたが、息子は近くにいてくれているような気がした。


 Uさんの息子の死体は、頭部が切断され、胴体しか残っていなかった。


 

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