交通事故

 Qさんには霊感がある。そのせいで体験した嫌な出来事は数えきれないが、なかでも気味の悪い記憶があった。


 Qさんはまだ高校生だった。近所の高校に通っていたので、徒歩通学だった。ある冬の下校途中、夕陽の沈みゆく国道沿いをのんびりと歩いていたとき、車通りの多い交差点で事故が起きた。赤信号を無視したトラックが、自転車に乗っていた小学生を跳ね飛ばしたのだ。路上に血を流して倒れる男の子。トラックから飛び降りてきたとび職風の若い男性が、切羽詰まった声で電話する。


 やっちまった。人生、終わった。俺、詰んだわ。


 叫びながら泣きだす始末だった。それを見ていたサラリーマン風の男性が倒れた小学生に駆け寄り、その有様を確認し、代わりに、救急へ通報をする。ざわざわと騒ぎになる中、「事故です、事故です」と声を荒らげる男性の声がひときわ大きく交差点に響いていた。


 いまさっきまで平穏だった空気が一変した。Qさんは、よくできた映画を傍観しているような気分になった。その場を立ち去ることも考えたが、事故の目撃者として現場に残るべきなのではないかと思えて、立ち去る思いきりがつかなかった。


 最初にパトカーが到着し、交通整理が実施された。


 救急車が到着する前に、男の子は息を引き取った。Qさんの目には恐ろしいくらいにはっきりと見えた。倒れている男の子のすぐそばで、同じ風貌をした男の子が不意に現れたのだ。霊感のあるQさんには一目瞭然だったが、霊感のない人には見えない。


 Qさんは、できるだけ男の子の霊を見ないように心がけたが、どうしても気になり、ちらちらと目を向けた。その男の子はしばし呆然として自分の遺体を見下ろしていた。自分が死んだことに気づいたのだろうか、次に、その現場を見回し、なにが起こったのか、確認しているようだった。


 トラックに跳ね飛ばされて死んだことに気づいたのか、男の子の霊が、トラックの運転手に尖った目を向けた。冷たい怒りに染まった目だった。そんな視線を向けられているとも知らずに、トラックの運転手はパニックになったまま電話を続けていた。


 トラックの運転手は、そのあとすぐに到着したもう一台のパトカーに連れていかれた。トラックの運転手を睨むように見つめていた男の子の霊も、同じパトカーに同乗していった。男の子の霊と、彼を跳ね飛ばしたトラックの運転手を乗せて、パトカーは静かに走り去っていった。事故の残り香のように、Qさんが現場に置き去りにされていった。


 そのあとのQさんは、もう一台やってきたパトカーの警察官にいくつか質問をされ、知っている限り答え、連絡先を伝えただけで、すぐに束縛を解かれた。だから、Qさんがそのことを知ったのは翌日のニュースだった。


 トラックの運転手を乗せていったパトカーが警察署に着く前に交通事故に遭い、同乗していたトラックの運転手は死んだ、という。それを知ったときは、全身が凍った。へんに想像をすると気味の悪い気持ちになる。だから、Qさんは、この件について深く考えないようにしている。

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