カマイタチ

 Dさんは、小学生のころ、奇妙な体験をしたことがある。


 小学三年生のときだ。図画工作の授業で使用していたカッターナイフが、ある日、筆箱からなくなっていた。いつ消えたのか、わからない。最後に授業で使用したときにはたしかに筆箱にしまったのを憶えていた。


 どこにいっちゃたんだろう。そう、困りはしたが、大きな問題ではなかった。自宅にはほかにもカッターナイフがあった。問題はないね、とDさんは前向きに考えた。


 とはいえ、そのときのDさんの心は暗く沈んでいた。どうしてカッターナイフがなくなっているのか、Dさんには思いあたりがあった。そのときのDさんはクラスの三人の生徒にいじめられていて、教科書やノートがなくなるのは日常茶飯事だった。


 きっと、カッターナイフも盗まれたんだろう。そう考えると、気分が塞ぎこんでいくばかりだった。


 その日も、放課後に、三人の生徒に呼び出された。誰もいない廊下の隅っこで、Dさんは三人から嫌な言葉を浴びた。叫びたい気分だったが、それはできなかった。なにも言えないまま、ずっと言われるままだった。Dさんは、耐えられなくなり、ついに泣き出した。すると、三人の生徒は嘲笑し、さらにDさんを責める言葉を続けるのだった。


 いてっ……。


 そんな声が聞こえてから、三人の嘲笑が静かになった。それからすぐに、いてててて、といじめっ子のひとりが痛がりだした。両手で顔を覆って泣いていたDさんには、なにが起こっているか、わからなかった。あまりに突然のことで、意味がわからなかった。とりあえず、Dさんは顔を上げた。涙の溜まった目をこすると、ようやく見えた。


 いじめっ子のひとりが、頬から血を流していた。斜めに切り傷がついている。Dさんは怖くなって、そのときついに叫んだのだが、恐怖はそれからだった。


 いじめっ子のもうひとりも、「痛い!」と声を上げた。見ると、太腿を右手で押さえていて、そこからほとばしるように血が流れていた。時を置かずして、また、「いたたた!」ともうひとりも叫び出した。見ると、額が真横に裂け、じわじわと血が浮かび上がってきていた。


 三人とも、それぞれに血を流しながら痛がっている。Dさんをいじめるどころではないようだった。


 三人はそのまま保健室に向かった。いじめから逃れられたDさんだったが、底知れぬ恐怖を感じていた。急に三人の身体に切り傷が現れて、血が流れだした。あの場所にはDさんも含めて四人しかいなかったのに、まるで、もうひとりいるみたいだった。そのもうひとりが、透明な姿のままで、三人を切りつけたみたいだった。


 もしかして消えたカッターナイフ? Dさんはそう考えもしたが、真相はついにわからない。カッターナイフは結局、消えたままだった。

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