蛇

 小学生のときのJさんは、夏休み、近所の小山に行くのが日課だった。その中腹にある開けた場所には、ぼうぼうと草が生えていて、バッタやカマキリなどの昆虫がうじゃうじゃと生息していた。好奇心の強かったJさんには、夢の詰まった宝箱だった。


 その日も、Jさんは虫取り網と虫籠を持ってそこに向かった。仲のいい友人ふたりと一緒なのも、いつもと同じだった。青々とした空が見渡せるそこに到着すると、さっそく昆虫を探しはじめた。死体に群がる蠅のように大量発生していたバッタですぐに虫籠は容量オーバーし、こうなったら昆虫を捕まえるのは諦めてここらへんを探検でもしよう、という話になった。Jさんと友人ふたりは、ひざまでの草を掻き分けて、広場の隅っこまで行った。正午過ぎの強い日差しが降り注いでいた。


 木々のあるむこうにも、丈の長い草が続いていた。その向こうに行こうぜとJさんたちが話しあっているときだ。不意に、かさかさ、と音がした。顔を上げると、前方の草が揺れている。なにかがぶつかったみたいだった。


 なんだろう、と見つめていると、また、かさかさかさ、と音がした。それは途切れることなく続く。どんどん遠くの草が揺れるようになり、それはどんどん遠ざかっていった。


 蛇だ。Jさんは、そう考えた。ほかのふたりも同じように考えた。危険だから遠ざかろうとするのが一般的な対処だが、子供というのは不思議なもので、あれこれをいちいち「度胸試し」と捉えたがるところがある。Jさんたちも同じだった。


 蛇を踏んずけてやろうぜ。誰かがそう言い、Jさんも賛同した。蛇から逃げるのはカッコ悪いと思っていたのかもしれない。


 Jさんたちは、草が揺れているほうへと足を進めた。三人で競うように進んでいるうちに、だんだんと早足になっていった。すると、草を揺らすなんらかの物体も速くなり、みるみるうちに遠ざかっていった。


 木々のむこうへと足を踏み入れ、なんとか追いつづけたが、距離が開いていった末に、ついに見失う結果となった。なんだ、つまんねえの。誰かが言うと、Jさんも賛同した。思えば、Jさんは賛同するのが得意な子供だったという気がしている。


 しかし、そのとき、ほかのふたりとは賛同できないこともあった。それは自分たちが追っかけていたのが蛇ではないか、という考えだ。Jさんも最初は蛇だと思ったが、追いかけているうちに疑問が膨らんでいった。


 草の揺れ方がおかしいのだ。蛇にしては揺れが大きすぎる気がした。


 もしかして、あれは……。Jさんは、そんな気がしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る