手紙

 都内で一人暮らしをするAさんの自宅マンションのポストに、ある日、ありきたりな白い封筒が投函されていた。差出人名に見覚えがなかったので、Aさんは奇妙に感じた。誰か個人からのものらしい。封を開けると、一通の手紙が入っていた。Aさんは疲弊した身体をリビングの椅子のせもたれに預けて、うつらうつらとしながら、その手紙に目を通した。そこにはいかにも汚らしい文字で、次のような内容が記されていた。


『突然のお手紙をご容赦くださいませ。わたくしめのような下等も下等のいいところの人間が、たいへん有意義に多忙なあなた様の時間を奪う、などという失礼極まりない所業を謝罪いたします。わたくしめには、もう、耐えられないのございます。


 良心の呵責などという上等な感情に弄ばれた結果では断じてありません。わたくしめは、それはそれは卑しい、商店街の路上に噴出した吐瀉物のような、気持ちの悪い感情をこれ以上長きに渡って抱えることなど、到底できないのございます。あなた様にすべてを打ち明けなければ、わたくしめは、あまりの気持ち悪さに目を覆うこともできず、なめくじの内臓の中で消化されているような不快感を死ぬまで両腕に抱えていなければいけません。懺悔というより、これは、ひどく独善的な自己防衛なのでございます。そうと了解したうえで語らせてくださいませ。


 わたくしめは、三年ほど前、あなた様と同じ都内の大学に通っておりました。神様はきっとわたくしめに少しだけ意地悪をしようとお考えになったのだと存じます。わたくしめは、言葉にするのも恥ずかしいくらい陰気な性格で、おまけに優しさの欠片もなく、精神の底から捻じ曲がっていたのでございます。そんなわたくしめには友人などできず、当然のように彼女などできるはずもなく、日々、やり場のない卑しい感情が肥大しておりました。


 そのころ、学内であなた様をお目にかけました。わたくしめは身分を弁えることもなく、あなた様に一目惚れをし、激しく恋をしてしまったのでございます。身の程知らずなわたくしめの性欲をお笑いくださいませ。叶わぬ恋と知りながら、あなた様への想いを膨らませていった末に、わたくしめは、破滅的な最期――自殺をすることとなったのでございます。


 それ以来、わたくしめは幽霊となりましたが、あなた様に霊感がないと気づいたのはすぐでございました。そのときにわたくしめの頭に閃いた、スナック菓子の残りカスみたいな荒廃した考えについて、あなた様はご想像できているのでしょう。そうなのでございます。わたくしめは、それ以来、あなた様に見られないのをいいことにあらゆる悪行に手どころか、全身を染めてきたのでございます。


 その件をどうしてもお伝えしなければいけません。あなた様の背中には、かわいらしく小さなほくろがあるのを、わたくしめは存じております。お許しくださいとは申しません。これは懺悔ではなく、ご報告なのでございます。これからもどうぞ、末永く、お付き合いくださいませ』


 読み終えたときには、Aさんは震撼していた。その差出人名はAさんが大学生のころに自殺した同級生の名前だった、とAさんは思い出したのだった。

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