不動産管理

 不動産管理会社で働いている三十代男性のEさんには霊感がない。とはいえ、幽霊は霊感のない人間にも接触してくることがある。


 Eさんの業務のひとつに、賃貸契約中のお客様からのクレームへの対応があった。クレームの内容はいろいろあり、冷暖房機が壊れたとか、台風の影響で屋根瓦が飛んだとかいうものから、隣人の声がうるさいとか、近所から嫌がらせを受けているとかいうものまであった。


 その日も、朝早くに電話が入った。それに出たのはEさんの後輩の女性だ。彼女はまだ新入社員だったが、呑み込みが早く、要領がよく、傍から見ても優秀だった。そんな彼女が、受話器を耳に当てたままで困惑したような顔をしていた。眉間にしわを寄せたまま、Eさんに助けを求めるように目を走らせた。


 かなり難しいクレームなのだろうとEさんは思い、「かわるよ」とクレームを受けとることにした。名前を名乗り、用件を訊いた。相手は繊細とも言えるような生気のない女性の声で、「ご相談したことがあるんです」と切り出した。


 その女性の声が言うには、彼女が居住しているマンションの一室に見知らぬ男性が出入りをしているらしい。その男性は、毎日のように室内にやってくる。その人を追い出したいのだが、どうしても出て行ってくれないので困っているという。


 Eさんは、少々驚いた。隣人間のトラブルの相談は多くあったが、見知らぬ人が家の中に侵入してきているケースは知らなかった。それが事実であれば、住居侵入罪であり、もはや警察が対処すべき領域だった。たしかに難しいクレームだった。


 Eさんは警察に通報をしようと考え、その旨を女性に伝えたが、女性は乗り気ではなかった。「おおごとにしたくないんです。恨まれでもしたら嫌だから、できるだけ、平穏に問題解決したいんですが」との言い分だった。そのような主張をするのをおかしなことではなく、むしろ当たり前だ、とEさんは思った。


「いまも、そこに、その男性はいらっしゃるんでしょうか?」と訊くと、「はい」との答えだった。そうであれば、現場に直行するのがいちばん早いと思い、Eさんは現場となっているマンションの一室まで向かった。


 しかし、現場に到着したEさんは拍子抜けした。その問題のアパートの一室にはたしかに男性はいたが、逆に、女性がいなかった。そこにいた男性は「ここは俺が借りているんですが」と主張する始末だった。Eさんが後輩の女性に調べさせたところ、たしかに、その一室はそこにいた男性が賃貸契約を結んでいた。


 あのクレームの電話はなんだったのか。


 Eさんはいまでも不思議なのだが、ひとつ可能性を指摘しようとするなら、できないこともない。実は、その一室は事故物件であり、三年前に若い女性が首吊り自殺をして亡くなっていた。その女性が部屋に住み着いていれば、賃貸契約を結んで毎日のように部屋に侵入してくる男性を鬱陶しく思うかもしれない。


 電話の主は亡くなった女性だったのではないか、というのは、あくまでもEさんの個人的見解だ。

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