内情

 四十代女性のKさんには霊感がない。ふつうの主婦だ。


 Kさんには、同じ年齢くらいの主婦の知り合いがいた。はじめて会ったとき、その人は、「地元で有名なお金持ちの邸宅で家政婦として働いている」と自己紹介した。野次馬根性から、その人と会うたびに、お金持ちの邸宅についての内情を、Kさんはいろいろ聞いていた。


 邸宅の裏話はKさんを楽しませた。お嬢さんがマイペースで周りの人を困らせているとか、禁煙外来の医者である祖父がニコチン中毒になっているとか、夫婦喧嘩が勃発したときには枕の投げ合いが始まるとか。


「とにかく、面白いから、家政婦をやめられないの」


 その人は、いつも、楽しそうに話した。


 そんな邸宅で、秋ごろ、強盗殺人事件が発生した。窓ガラスを破って侵入した犯人が、金品を盗み、邸宅内にいた母親と祖父をバールで殴り殺したらしい。なぜか事件当時は監視カメラが作動しておらず、犯人の手がかりはほとんどなかったという。テレビで報じられているのを見たとき、Kさんは仰天して、邸宅で家政婦として働いていたその人に同情した。


 とはいえ、いつもゴミ置き場で顔を合わせるだけだったので、その人の家がどこにあるか、知らなかった。電話番号も知らなかった。その地域一帯の自治体のつながりは薄く、地域の情報は共有されていなかった。


 ずっと心配だったが、その日以来、ゴミ置き場でその人と会わなくなった。問題はそれだけではなかった。テレビではその邸宅には家政婦などいなかったと報道されているのを見て、Kさんはさらに仰天した。


 あの人は誰だったのだろう。


 あとから考えてみると不自然な気がする、そんなKさんだ。たとえば、家政婦がいる目の前で夫婦喧嘩をするなど、常識的にありそうもない。まして、家政婦の目の前で枕の投げ合いなど、するだろうか。


 禁煙外来で働く祖父がニコチン中毒という情報も、家政婦だからといって、容易に入手できる情報だろうか。さすがに家政婦がいる前では、その祖父も、煙草を吸わないのではないか。


 思い返すと、いつもゴミ置き場で会っていたあの人の話は、家政婦として邸宅内の様子を見てきた人の話というより、姿の見えない人間として邸宅内に侵入していた人の視点からの話であるように思えた。


 あの人はなんだったのだろう、強盗殺人の犯人は誰だったのだろう、とKさんは不思議に思っている。

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