亡くなった同級生

 Yさんには霊感がある。子供のときは他人にないものを持っていることが誇らしかった。とはいえ、いろいろな経験をするにつれて、霊感なんかなければよかったのだと思うようになった。


 いちばん嫌な記憶と言えば、小学四年生のときだ。その秋、同じクラスの男の子が死んだ。交通事故だったらしい。目撃者の証言によれば、その子がみずから飛び出していったという。自殺の可能性もあったが、警察の調査では、最終的に事故として片づけられた。


 その子が死んだ翌日から、その子が使っていた机の上に、きれいな花を挿した水色の花瓶を飾るようになった。死を遠い存在として認識していた生徒たちの前に突如として現われた同級生の死は、クラスに暗幕を垂れ下げた。どんよりとした空気が充満し、葬儀場のような深い沈黙が休み時間にも及んだ。


 ちらちらと生徒たちの目が流れるのは、嘘みたいにきれいな真っ白い花だった。花の名前を知る生徒はほとんどいなかっただろう。Yさんも知らなかったが、その花の美しさと同級生の死がどうしても結びつかず、現実味が希薄だった。


 そのとき亡くなった子は、生前、同じクラスのUさんにいじめのような暴力を受けていたらしい。白い花をちらちらと見ながら生徒たちは声を潜めて、その噂を広めていた。それはYさんの耳にも届いた。Uさんにも視線は注がれ、Uさんはひとり黙って、机に突っ伏しているだけだった。


 亡くなった男の子と親しかった子たちはUさんに体当たりをしたりする始末で、クラスが徐々に崩壊していく音が耳元で聞こえた。


 それだけでも充分に異様だった。あのように息が詰まるような場所には二度と行きたくない。


 ただ、Yさんにとっては、そのクラスの異様さはまだ序の口だと言えた。ひそひそ声。Uさんと白い花に注がれる視線。嫌な感情の塊がクラス内で共有され、暴走を始めるような予感。そのときのクラスの不気味さを構成する要素は、しかし、それらだけではなかった。


 生徒たちの警戒するような視線が向けられる亡くなった子の机には、亡くなった子が座っていた。霊感のあるYさんには、はっきりと見えた。その椅子に深く座り、机の上に肘をついていた。


 その子は、Uさんをじっと見つめていた。


 睨むでもなく、蔑むでもなく、ただ、じいっと、ねばつくような嫌な視線を注いでいた。表向き、その目はなにも感情を含んでいないように見えたが、むしろ、突きぬけた感情が宿っているようにも見えて、果てしなく大きすぎるあまりに奥に引っ込んでしまったような莫大な感情がちらりと見えた気がした。


 Yさんは、それが恐ろしかった。徐々に崩壊していくクラスの中で、いつも、亡くなった子の机には、その子本人が肘をついていて、いつも同じようにUさんを見つめていた。水色の花瓶が取り払われ、机が撤去されたころには、その子はいなくなっていた。


 Yさんは、いまでも、その亡くなった子の静かな目を忘れることができない。

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