高校の図書室で
Wさんには霊感がない。幽霊については半信半疑だ。そんなWさんでも、ひとつ、不思議な体験をしたことがあった。
Wさんが高校生のころだ。Wさんはいわゆる保健室登校の生徒だったが、保健室に登校する生徒が多すぎるあまりに、二年生の夏、そこに通う生徒の一部が第二図書室へと引っ越した。Wさんも引っ越し組だった。ときどきクラスに行ったが、基本はずっと第二図書室で自習に励んでいた。
二年生のとある金曜日のことを、Wさんはいまでも憶えている。その日は、第二図書室に通っていた生徒がみんな休んでいたので、そこにはWさんしかいなかった。第二図書室の生徒とはわいわいと話すような仲でもなかったし、だからこそ、お互いに安心していたわけであり、彼らがいなくても第二図書室での生活は変わらなかった。
物理の問題集と格闘していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。これくらいで、終わりにしよう。Wさんはノートと問題集を閉じ、伸びをした。まだ午前中だった。椅子から立ち上がり、室内の本棚へと足を進めた。
本を手に取るでもなく、ぶらぶらと本棚の間を歩いていると、本棚の間の床に、ぽつんと一冊の本が寂しげに落ちているのを発見した。
それは厚い単行本だった。炎を表現したような赤色のデザイン。その本のタイトルはもう憶えていないが、Wさんが知らないものだったことは憶えている。その作者も知らない人だった。Wさんとしては、本が床に落ちているのは由々しき事態であり、あんまり可哀そうなので、自然に手が伸びた。
腰を屈めて、本を拾い上げたときに、Wさんは、あっと思った。どういうわけか、その本の表紙と裏表紙が温かい。てっきり、あの少しだけ冷酷な感じがする紙の冷たさに触れるものと思っていたので、意外だった。さっきまで誰かが手に持っていたかのような、人間の体温を思わせる包み込むような温かさが、その本には宿っていた。
Wさんは気になり、その本をぱらぱらとめくってみた。冒頭から三分の一くらい進んだところに、書店でもらえるような紙の栞が挟まれていた。まるで、誰かがついさっきまで読んでいたかのように。
もちろん、そんなはずはなかった。その日は第二図書室にはWさんしかいなかったのであり、Wさんのほかには誰も一度でさえ訪れなかった。だから、誰かがさっきまでその本を読んでいたなどというのはあり得ない可能性だったが、どうしてもそのイメージが頭から離れなかった。Wさんは、その本をふたたび、床の同じところに置いておくことにした。
その日の放課後に確認しに行くと、その床には本はなかった。呆気なく、なくなっていたのだ。第二図書室にはその一日、わたししかいなかったはずなのに、とWさんは奇妙に感じている。
いまになって思うと、あの第二図書室では姿の見えないもうひとりがこっそりと生活を送っていたのではないかという気がするとWさんはいう。
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