密告
Lさんには霊感がない。子供のころから幽霊を信じていなかったが、警察官になってからひとつ、奇妙な事件と遭遇した。
ある年末のことだった。その時期になると街中は騒々しくなり、警察官としての業務も忙しくなる。身を粉にして働いていたある日、市内のアパートの一室で自殺が発生したという通報が入った。
気分のよくない通報だったが、人間の死体は見慣れていた。Lさんは同僚の警察官とともにパトカーで現場まで駆けつけた。てっきり、第一発見者がそこで待っているものとばかり思っていたが、そのアパートの一室のドアの前には誰もおらず、おまけにそのドアにはカギがかかっていた。
Lさんはドアのむこうへ「誰か、いますか」と呼びかけたが、反応がない。その部屋の窓のほうに回ったが、その窓は厚いカーテンに閉ざされていて、中の様子を確認することはできなかった。窓にもカギがかかっている。
なにかの罠ではないか、とLさんは考えた。というのは、外から見る限り、そこは密室になっていた。カーテンのせいもあり、外側から中の様子を確認することはできない。素直に考えれば、その部屋の中に入ることは不可能であり、その中で自殺が発生したことを確認する術がなかった。
とはいえ、細かいことはどうあれ、通報がある以上、強引にでも生命の安否を確認する必要があった。Lさんは独断で、窓ガラスを割り、室内に入った。詳しく調べるまでもなく、住人の変わり果てた姿をリビングに発見した。
首吊り。天井からぶらさがっている照明の紐にコードを結び、それを首に巻いていた。宙に浮いた真っ白い足がぶらんぶらんと、どこか卑猥な様子で揺れていた。その若い女性は、すでに死んでいた。そのあとはすぐに応援を呼び、専門の警察官へと現場を引き渡した。
この自殺事件について調査が進む中で、ある奇妙な点が浮かび上がってきたのを、Lさんは同僚の話から知った。同僚が言うには、通報できるわけがない、という。自殺当時、そのアパートの一室には首を吊った女性しかおらず、部屋はカーテンで閉ざされていた。部屋のカギが室内に置かれていて、そのほかに合鍵はない。つまり、誰も部屋には入れなかったはずだ。
通報をしたのは男性の声だったので、自殺した当人が通報をしたとも考えられない。その自殺は突発的なものだったと考えられたため、あの部屋の中で女性が首を吊ることについて、あらかじめ知っていた人物もいなかった。首を吊った当人が「いまから首を吊る」などと誰かにメールをしたり、SNSでつぶやいたりした痕跡も発見されなかった。
やはり、通報など、できるわけがなかった。Lさんにも、そうとしか思えない。
かりに姿の見えない誰かが、するりと壁をすり抜けることができるなら、あの密告も可能なのかもしれないが、とLさんは考えている。
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