映画館で

 アパレルショップで働く二十代女性のRさんには霊感がないが、ひとり霊感のある友人がいる。Uさんだ。Uさんは大学で出会った派手好きな女の子だった。Uさんは大きな商社に就職したが、社会人になってからも、わりと親密な付き合いが続いていた。


 出会った当初は、Uさんの霊感については半信半疑だった。それが確信に変わったのは、まだ大学生のときだった。サークルの部室にふたりだけでいるときに、Uさんが言いにくそうにしながら「そこにいる」と指摘したことがあった。咄嗟に目を向けたその場所に、一瞬だけ、老婆が現れてにやりと笑い、すぐに消えた。それ以来、RさんはUさんの霊感を信じている。


 新手のウイルスが拡がっていた影響で、なかなか外出する機会がなくなっていたが、映画館ならいいだろうということになった。ある休日、RさんはUさんとふたりきりで巨大モールの映画館へと出かけた。ひさしぶりに会ったUさんと、お互いの近況を報告したりしながら、なにも背負うものがなかった大学時代の楽しい思い出に浸った。


 テレビCMで宣伝していたホラー映画のチケットを購入し、映画の開始十分前にはシアタールームに入った。休日だから込んでいるのではと想像していたが、そこには誰もいなかった。「やだね」「怖いじゃん」と言い合いながら後方の座席に座ったが、実際、ついに映画が始まるまでほかの客はやってこなかった。


 大きなシアタールームにふたりだけだった。まさかホラー映画をふたりだけで観ることになるとは思っていなかったので、Rさんは少々怖くなった。もっと深刻なことに、隣に座るUさんは、「ちょっと、やばいかもしれない」と声を震わせる始末だった。


 とはいえ、Rさんは、重度のホラー映画マニアだ。それほど恐怖を味わうこともなく、純粋に楽しんでホラー映画の時間を過ごした。一方で、Uさんはときどき、ひ、と息を吸う音を上げ、それなりに怖がっていた。何度かUさんを見たが、Uさんはスクリーンを見たくないのか、俯いて、下方の座席を見つめていた。


 映画が終わり、シアタールームを出てからだった。


「どう、怖かった? わたしは平気だったけど」


 Rさんが問うと、Uさんは押し黙った。顔が蒼褪めていた。映画を観ている最中もにどこかおかしいとは思っていたが、尋常ではない様子だった。Rさんは心配になり、「大丈夫?」と声をかけた。


 微かな声で「大丈夫なんだけど」と言ったUさんは、「でも、ちょっとだけ気味が悪くて」と続けた。


「こんなこと言わないほうがいいかもしれないけど、実はね、あのシアタールームの会場、満席だったんだ」


「満席? どういうこと?」


「たぶん、幽霊だよ。最初からずっといた。わたしは気づかない振りをしていたんだけど、映画をやっている途中から無視できなくなっちゃって。だって――」


 Uさんは意を決するように息を吸ってから、言い放った。


「幽霊たちはみんな、くるりと振り返って、じいっと、Rさんのことを見つめていたから。ずっとだよ、ずっと。じいっと、恨みを持っているみたいな目で」


 館内にいた大勢の幽霊がRさんを見つめていたということか。ぞっとするというより、じわじわとした恐怖をRさんは感じた。しばらく、映画館に行く気になれない、という。

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