ありえない動画
Bさんには霊感がない。そのときまで心霊現象を目撃したこともなかったが、「そのとき」の一件によって、「もしや、幽霊もいるのではないか」という疑いが生じている。
ある年の、うだるような暑い夏のことだった。そのときのBさんは、うだつがあがらない高校生だった。当時はちょうど、想いを寄せていた相手にいけすかない恋人ができたばかりで、余計に捻くれていた。
思春期の激しい欲動をどこに向ければいいのか、解決策が浮かばなかった。唯一、アウトローに走るのが残された方法だった。いまとなってはひどく後悔しているが、万引きに手を染めることで、日々の鬱屈した思いを発散していた。
その夏も、行きつけのコンビニで毎日のように万引きを繰りかえし、間抜けなコンビニ店員に勝ったような気分を味わった。盗むのは、たいてい、チョコやガムなどの菓子類だった。
自分の身体で監視カメラの死角をつくり、誰も見ていないタイミングを見計らって、さっと取って、するりとポケットに滑りこませる。何食わぬ顔で店を出て、公園のベンチで優越感に浸りながら食べる。
そんな、誰にも言えない秘密の悪行を重ねていたある日、Bさんのメールアドレスに『お前は監視されている』という件名のメールが届いた。迷惑メールの類だろうと問題にする気にはならなかったが、なにぶん、件名が斬新なので興味が湧いた。
そのメールを開くと、件名と同じように『お前は監視されている』という文だけが載っていた。動画も添付されていたので、それを再生した。そこで、Bさんは驚愕した。
その動画には、明らかにBさんにしか見えない人物がいつものコンビニで万引きをするところが、はっきりと記録されていた。しかも驚いたことに、そのカメラのアングルや動きからして、Bさんのすぐそばに立っていなければ録画できないような記録映像だった。
Bさんが万引きをしているところを、誰かにすぐそばから録画されていたことになる。
しかし、Bさんは、いつも、そばに誰かがいるときは、けっして万引きを決行しなかった。近くに人がいなくなった隙をついて万引きしていたため、そのような記録映像を録画できるわけもない。カメラの画質や上下左右の動きからして、ズームアップしたような映像では絶対になかった。
もしもその相手の姿が見えなければ、これは説明できる現象だろう、とBさんは考えている。つまり、この世の中に姿の見えない人物がいるという前提を受け入れれば、そのような現象も起こりうる。
ともかく、Bさんは強く恐怖し、それ以来、万引きをやらなくなった。その一件は結果的にはあってよかったのだと振りかえっている。
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