水没したケータイでんわ

貴音真

ケータイで撮った写真

 あなたは、こんな話を聞いたことがないだろうか?


『心霊写真はいつの間にか無くなる』


 ハイテク化が進む時代に心霊写真などと言うのはナンセンスかもしれない。

 しかし、科学的に説明出来ない写真が撮れることは実際にあるのだ。

 これは写真家やCG デザイナーなど、道の異なる専門職の人に聞いた話だから間違いない。

 自分で写真を撮り、自分で現像する写真家は『ちょっとした工夫で心霊写真っぽい写真を撮ることが出来る』と断言した。

 コンピュータを使い、現実以上に現実的な画像を作るCG デザイナーは『心霊写真なんて簡単に作れる』と自慢した。


 その専門職の二人に話を聞くと、心霊写真の中には何れの専門職であっても説明も出来ず、尚且つ作ることが出来ない心霊写真は存在すると言っている。

 本当の心霊写真は、似せることは出来ても同じものを再現することは出来ないと言っている。

 俺は人生で一度だけ心霊写真を撮ったことがある。


 あれは俺が高二の夏だった―――


「ねえ、本当にやるの?」


 俺に聞いたのは同級生の香織だ。

 その日、俺は香織と二人でS県内にある自殺の名所とされる橋に来ていた。

 俺は高校の頃、心霊研究部という部活に所属していた。心霊研究部は文芸部の中の一部であり、正しくは心霊研究会だ。

 文芸部にはいくつか枝分かれした会があり、その中に心霊研究会があった。そこには俺と香織と一個上の会長の三人が所属していた。

 俺の通っていた高校の文芸部は、所属人数が少ないニッチな同好会が一つに纏められたものだった。


「当たり前だろ。なに?もしかしてビビってんの?言い出しっぺのくせに?」


 俺が煽るように言うと香織はそれに乗ってきて、俺達は予定通りに事を始めた。

 この日、俺達は『自殺の名所で自殺者が見る景色を撮れば何か写り込むのでは?』という香織の案を実行しに来ていた。

 会長は夏期講習で来れなかったため、二人だけで来た。


「…よし、今がチャンスだ」


 俺は香織と共に周囲に誰もいないことを確認し、クリアケースに入れてビニール紐を結びつけたケータイを転落者防止用の柵の向こうへ投げた。

 そのケータイはセルフタイマーの連写撮影をセットし、メモリーが許す限り撮り続けるようにしてあった。

 メモリーは外部保存用の64GBのメモリーカードを新しく買っていれておいたので軽く数千枚から1万枚は撮れる。


 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャ…


 柵の向こうへ投げたケータイが微かに音を鳴らしながら落ちていった。

 それからすぐに俺が持っていたビニール紐にグンッという衝撃が走った。

 30メートルほどの長さを用意しておいたビニール紐は落下点まで到達したらしい。

 その橋の下は川になっていて、高さは40メートルくらいある。

 それに対して余裕があるように30メートルの長さにしていた。短いようにも思えるが、万が一にもケータイが湖に着いてしまうことがないようにしたくてその長さにした。

 それから俺はすぐに落としたケータイを引っ張りあげた。

 僅か数分で全ての作業は終わった。

 俺と香織は撮れた写真をその場で確認し始めた。

 合計11432枚の写真が撮れていた。


「うわっ!マジで1万超えてんじゃん!これ全部確かめんの!?」


 香織は撮れた写真の数に驚くと同時にやや面倒くさそうにしていたが、俺は端から一つ一つ丁寧に確認するつもりはなかった。

 なぜなら、落下速度の影響なのか、落ちている時の写真はが強くて見られる状態のものではないと思っていたからだ。

 そして、俺はその事を香織に伝えるとその場で最新順に写真のチェックを始めた。

 その作業は退屈だった。

 なんの変哲もない写真を淡々とチェックしていくだけの作業を橋の上で続けるのは無理があった。

 ケータイの画面ではリストアップ状態では写真の異常はわからないため、1枚ずつ見ていかなくてはならない。

 それは、あまりにも非効率だった。


「……一回帰ってパソコンでチェックしたほうがいいな」


 俺が香織にそう提案すると香織はそれに従い、俺達は一度帰宅することにした。

 その橋まではチャリで来た。

 帰り道も当然チャリだった。


 ピピピピ!

 ピピピピ!


 ケータイが鳴った。

 それは、会長からの電話だった。

 電話に出ると会長は意味不明なことを言って電話を切った。


「んー?どしたん?変な顔して。会長なんだって?」


 香織が電話を切った俺の顔を見て言った。

 どうやら顔に出ていたらしい。


「いや…なんか一方的におかしなこと言って切っちゃった。帰ってから話す」


 俺は誤魔化した。会長の悪口を言うと後が怖いからだった。

 結局、香織には十三年経ったその内容は今も話していない。

 帰宅後、俺は一旦自宅へ寄ってノートパソコンを持って二人でファミレスに行った。

 ファミレスでノートパソコンを開いて自殺の名所で撮った落下の瞬間の連続写真をチェックした。端から見たらそんなことをしているとは絶対に気がつかない。

 そして、不意に香織が俺の肩を叩いた。


「ねえ…これ、絶対おかしいって……」


 香織が言ったそれは、確かにおかしかった。

 落下後の写真が終わり、落下中のブレた写真を一覧画面で纏めてチェックしていた時だった。

 落下中の写真の中に突然ブレのない写真が撮れているが20枚ほどあった。

 これは連続写真だ。その数秒だけ急にブレがなくなるなんて普通は考えられないし、あり得ない。

 しかし、それは確かにブレがない写真だった。


「いやァ!」


 香織が悲鳴を上げた。

 その写真を1枚ずつ見ようとした時だった。

 俺は声が出せなかった。

 そこには橋の反対側、つまり俺達の立っていた場所の逆側の歩道から落下したと思われる女性がカメラに向かって睨んでいる写真が撮れていた。

 それを見た瞬間に写真のチェックは終わった。

 俺はノートパソコンを閉じ、ケータイにメモリーカードを戻した。俺も香織も無言のままそれぞれの家に帰宅した。

 次の日の朝だった。

 俺の身に思わぬ事態が起きた。

 いつものようにチャリで高校へ向かう途中だった。

 登校中、いつも通る川沿いの道で俺はポケットに入れていたケータイを誤って川に落としてしまった。普段なら絶対にあり得ない事だった。

 なぜなら、俺は普段はケータイをカバンに入れていた。

 しかし、その日はケータイを左側のポケットに入れていた。それがチャリを漕ぐ太ももの動きでケータイが落ちたのだった。

 だが、よくよく考えるとそんなことはあり得ない。

 なぜなら、制服のポケットはそんなに浅い作りではなく、奥まで入れればいくらチャリを漕いで太ももが動いたとしても落ちるはずがなかった。

 そんなはずがなかった…

 しかし、俺のケータイは川に落ちて水没した。

 当然、すぐに取りに行こうとしたが、その時に昨日の電話を思い出した。

 俺はその場でケータイを取りに行くのを諦め、授業が終わったあとで男友達数人に付き添ってもらいながらケータイを拾った。そのケータイは完全に水没して壊れていた。

 そして、水没した影響なのかわからないが、なぜかメモリーカードも壊れていた。

 例の画像はバックアップしているわけがなく、二度と見れなくなった。


 ―――それが、高二の夏の出来事だ。


 俺が川に落としたケータイをその場で取りに行かなかった理由は二つ。

 一つ目は、その川は俺の腰ほどの深さがあり、堤防のコンクリートが苔むしてヌメヌメいるため、当時高二だった俺であっても一度川に入ったら簡単には上がることが出来ないからだった。

 二つ目は、前日の電話だった。


 ここだけの話だが、会長は前日に俺にらしい。

 あの時、確かに会長と表示されていて、相手は確かに女の声だった。

 そう、女の声だったことは間違いない。

 けど、今考えるとあれは会長の声ではなかった気もする。

 あの電話の女の声は繰り返しこう言って勝手に切ってしまった。


…』


 それが写真に写っていた女かどうかはわからない。

 しかし、結果的に俺のケータイは川に落ちて水没し、あの女が写っていた写真はこの世から消えてなくなった。

 余談だが、俺のケータイが水没した川の上流にはがある。

 そう、俺のケータイはあの写真と共に、写真に写っていた女が落ちた川にのだ。

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