真戦
「……このへんの《亜龍穴》に湧いてるエネルギーってのは、とくに人間の
パワースポットと呼ばれる代物は、その人の精神の足場や、呼吸の底を整えてくれたりもするらしいが、とにかく凝縮された即物的な力がほしい自分たちには、向いていないのかもな。
青年は、人心地ついたような表情になって、そう頷いていた。
「――! ――!!」
先ほどから、周囲ではリィンがくるくると踊りながら、両手を高くあげているようである。青年の活躍をわが事のように喜んでいたが、この後のことはまったく考えていないらしかった。
「……ちょっと? ねえ、リィンさん?」
蛍斗がぱしぱしと頭を叩くと、彼女は我を取り戻したように滞空静止し、敬礼を返してきた。
テンションが高くなりすぎて、おかしくなってるな……
「もしかして君は、進堂司祭のことを忘れてるんじゃないのか?」
とっくに逃げ出したと蛍斗は思っていたのだが、どうやら丘陵を一つ越えた草むらに、身を潜めている気配がある。
彼の処遇をこれから決めなきゃならないから、ちょっと呼んできて、と青年は従者に伝えていた。
彼女はしゅびっと指をとがらせてまた敬礼するが、
「しかし主、《大いなる冬》が、ちっとも終わる気配を見せませんね」
そんな不吉な一言を発して、人形の羽ばたきを強くしていく。
……イヤなこと言うなよ……
台風の目のような
自分たちの町の教会に持ち込んでも、たぶん進堂を裁くことは難しいだろう。
また神戸に迷惑をかけてしまいそうだが、東雲司教に話を通してもらうしかなさそうだ。
(あの……蛍斗さま)
そんな事後処理に頭を悩ませていると、やはりと言うべきなのか、リィンがただならぬ雰囲気で念話をよこしてきた。
「進堂が、はっきりとは見えませんが、『スクライングの窓』を手にしているようなのですが……。この期に及んで、まだ何かあるのでしょうか?」
「スクライング……魔鏡か!?」
ただの手鏡みたいな場合もあるが、占い師の《水晶球》にも代表されるような、異界との
他の術にかかろうとしているのなら、その断片だけでも把握するように言うと、リィンは注意しながらも、進堂に近づいていったようだった。
「!」
(――これは、『
部下が進堂の唇をなぞっていく呪文に、青年は戦慄する。
……それは、今度の戦いでは無視すると決めていた、どうにもならない記述だったのだ。
『
なぜハティが、太陽を追うスコールではなく、すでにその先を走る《幻日》現象から生まれながらも、
ささやかな一文だ。
“陽喰い”スコールの本体は――
『一族みなのうち、誰かがひとり、太陽の破壊者になるだろう』
――
オオオオッ!
ぞっとするような虚無感が生まれ、体をゆさぶられるような振動が、蛍斗たちを中心として、大気をおおいつくしていった。
もはや毛ほどにしか感じられなかった魔力が、今しがたのスコールの崩壊にも勝るスピードで、その原野の死骸から広がってゆく。
(まさか、こんなものまで準備するために、時間をかけていたってのか……)
魔狼の死骸が、山、と言っていいほどの巨人に変化し、立ち上がっていくのを見ながら、青年の頭は真っ白になっていった。
「……リィン。撤退でいいよな?」
「訊かないでください! 兵法三十六計で、それ以上の対処がありますか!?」
えらい速度で進堂のいる向こうから戻ってきながらも、彼女は巨人に近づくと、ぶんぶんとおかしな飛び方をしているようだ。
敵の股のあいだをくぐったりして、攻撃を引きつけようとしているのだろうか。
(いや、そうか……なるほどな)
いくら大昔に、至高なる神々と渡り合った存在といえども、
この『世界』を生み出した造物主がもたらした真理の中で、いまだに物理法則を超える完全な約束は見つかっていない。進堂の妄執は、もはや自らの重さでろくに動くこともできない、水爆人形を呼び出したに過ぎなかったのだ。
「……あれ、時間はかかるけど、勝手にものすごいエネルギーを使い切って死んでくれるよな?」
「たしかに……この世界に定着、運用させるには、私たちに換算すれば何百人も毎日殺し続けるような生気が必要ですが……」
どこかしぶい顔を作るように、リィンは近くの誰かと念話している。
「このあたりの地霊や土着獣は、悲鳴をあげるかもしれませんね。いきなりフィーバー状態の原子力潜水艦が、自分の家に乗り上げたようなものですから……。そして、それより問題なのがマスター……」
疲れたような仕草で、人形はため息をついていた。
「“アイツ”が来ました。まったく、なんで今頃になって……」
(あいつって? 他に、そんな奴いたか――?)
それは、宙に浮いていた蛍斗たちの、はるか上空に到着していた。
恐怖の
――かつては、自分たち眷族の最高の盾でもあり、
「お前、何しに……」
「寒いんだよ!」
その一言とともに、大地は割れた。
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