忠告された事

 早く夏海を追いかけなくてはと、美月は頭では理解していた。

 しかし現実は、夏海の背中を眺める事しか出来なかった。


 ひどく、傷付けた。

 私が、間違ってたんだ。

 もっと早く話したら、こんな事にはならなかったのに。

 でも、もしかしたら、私達の友情はいつ終わっても……おかしくなかったのかもしれない。


 美月は心の中で後悔した。

 そして、夏海との関係が壊れてしまった事を実感し、視界が歪んだ。


 泣いたって、何も解決しないのに。

 ここで泣いたら、私は私を許せない。


 大切な夏海に対して、傷を付けた自分が被害者のように泣く事だけは絶対に避けたくて、美月は唇をかみしめた。


 すると、どこか面白おかしく思っているような声が聞こえた。


「うっわ、修羅場? さっきの夏海だよね?」

「黒瀬ってさ、弓道部の黒瀬の事だよね?」

「女泣かせだね〜。告って撃沈してる女子めっちゃいるじゃん。それなのに親友同士で揉めるって、女は怖いねぇ」

「説得力あるよね。さすが派手にフラれてるだけあるわ」

「うっさいな! 取り残されてるのってさ、『今、黒瀬の隣の席の白石さん』だよね?」


 この言葉を聞いて、美月は夏海が残していったお金を握りしめ、席を立った。


 同じ学校の子に聞かれた。

 私が悪く言われるのはいい。

 でも夏海の事は、言われたくない。


 声が聞こえた方に目を向けると、遠目で見ても顔の整った3人組と目が合った。


「白石さん、こっち見てるよ?」

奈々ななが大きな声で話すから!」

「私だけじゃないでしょ!? 美香みか理沙りさも同罪でしょ!」


 1人はのんびりと構えていたが、残りの2人は慌ててお互いを責め始めた。

 そんな滑稽な姿を眺めながら、美月は彼女達に近付いた。


「今日の事は、忘れてほしいんだけど」

「いいよ。親友と男取り合ってるなんて、恥ずかしいもんね」

「美香! 言い過ぎでしょ!」

「理沙、止めなくていいよ。聞こえてたんだし、いいんじゃない?」


 美香と呼ばれた凛とした顔立ちの子は、特に表情を変えず、美月を見つめていた。

 それを焦って止めたのが、理沙と呼ばれた涼しげな顔立ちの子だった。

 そして残る1人、奈々と呼ばれていたはずの可愛らしい顔つきの子が、理沙に声をかけ美月を睨んだ。


「夏海さ、親友が黒瀬との恋を応援してくれるから頑張れる! ってクラスの子に話してたんだよね。だから白石さんは大目に見られてたんだよ?」


 普段の夏海の様子を聞かされ、美月の胸と胃が同時に痛み出した。

 けれど最後の言葉が理解できず、美月は奈々に尋ねた。


「大目にって、何?」

「黒瀬とあんまり仲良くしない方がいいよ。黒瀬を狙ってる子に嫌がらせされるから」

「どの口が言ってんだか」

「美香、さっきから何なの!?」


 くだらない。


 美月は内心そう思いながら、それでもお礼を伝えた。


「ご忠告、ありがとう。もう1度言うけど、私の事はどうでもいい。だけど、夏海の事は絶対に他の人に言わないで。それじゃ」

「……私、ちゃんと言ったからね」


 ほんのりと敵意を含んだ声を出す奈々をチラリと見て、美月は会計を済ます為に背を向けた。


「あーあ、未練たらたら」

「奈々、まだ諦めてなかったんだ」

「はぁっ!? あんな自意識過剰な男、もう綺麗さっぱり忘れたから!」」


 また大きな声で話し始めた彼女達の声を聞きながら、美月は夏海の事だけを考え続けていた。

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