伝える事
黒瀬の告白を聞いた日から、美月の頭の中はめちゃくちゃだった。
そして覚悟してと言われていたが、黒瀬は普段と変わらずに接してくる。その事に美月は混乱しながらも、どこか残念に思っている自分を見つけた。
けれどそれよりも、夏海にどう打ち明けたらいいのかわからず、美月の胃はキリキリと痛んでいた。
そしてそのまま、夏海と過ごす休日を迎えた。
「美月? 今日ずっとぼーっとしてるよね? どうしたの?」
「あっ。……ごめん。ちょっと、考え事」
別のクラスの夏海に、美月はいつもこのカフェで、同じクラスの黒瀬の情報を伝えていた。
でも今日は、美月の本当の気持ちを伝える為にここへ来た。
「なになに〜? ついに美月にも気になる人ができたのー?」
自分から切り出さなくてはいけない話題を振られ、美月は息が詰まった。
「……あれ? もしかして、正解?」
ニヤニヤしていた夏海の顔が、パッと笑顔になる。
その表情を見て、美月の胃がまたキリキリと痛み出した。
「あのね、本当は、言うつもりはなかったんだ。だけどね、ちゃんと、言うね」
「そんな緊張しちゃうぐらいすごい相手なの?」
今の時刻は16時ぐらいだったが、カフェを利用している人は少なかった。
けれど夏海は気を遣って、小さな声で尋ねてくる。
「ごめんね。本当はもっと、早く言うべきだった。私ね……、私も、ね、黒瀬の事が、好き……」
夏海の目が見開かれ、その大きな瞳が今にもこぼれ落ちてしまうのではないかと、美月に思わせた。
「……え。えっ? 美月、が?」
「うん。ごめん。本当に、ごめん」
どこか引きつった笑みを浮かべる夏海に、美月は罪悪感に押しつぶされそうになった。
「いつ、から?」
「たぶんね、夏海と同じぐらいの、時期。1年前の、黒瀬が弓道をしている姿を見た時、から」
お互いにぎこちない話し方になりながらも、会話が止まる事はなかった。
「それってさ、同じぐらいの時期じゃなくて、同じだよ」
「……そっか。夏海はさ、あの時、声に出てたよね」
今でも覚えてる、黒瀬の姿。
そして美月は、恋に落ちてしまった瞬間を思い出した。
たまたま夏海の部活がお休みで、美月は久々に帰路を共にしていた。
その時、グラウンドの人だかりが気になり、2人も何事かと覗きに行った。
『かっこいい……』
そう呟く夏海の横で、美月も黒瀬の立ち姿に見惚れていた。
普段は目にする事のない道着に身を包み、真剣な顔をして姿勢を正した黒瀬が弓を放つ。
その滑らかで迷いのない動きに、美月は魅せられた。
のちに黒瀬から聞いたのは、中学生の時から弓道を始めたという事実で、美月は心底納得した。
そして気付けば、普段から黒瀬を目で追うようになっていた。
あの姿を見なければ、私は好きになっていなかったの、かな……。
昔を思い出しながら、美月は目を伏せた。
そんな事はないと知っているのだが、戻れるなら過去に戻り、この日をやり直したいと思ったのも事実だった。
「なんで美月は、それを、私に隠してたの?」
それを言う為に、私はここへ来た。
私は夏海が大切で、黒瀬は諦めたって、言うんだ。
だから夏海を応援していたんだって、伝えなきゃ。
そうじゃなきゃ、私達はもう親友のままじゃいられなくなる。
夏海を大切にしたい気持ちと、自分の想いをどこか手放せないもどかしさに、美月は涙が出そうになるのを堪え、顔を上げた。
そして、いまだにぎこちない表情の夏海と目が合う。
「先にね、夏海から黒瀬が好きだって聞いて、私は夏海の気持ちを優先した。だから、言わない方がいいって、思ってた。でもね、黒瀬の事はもういいの。それに、夏海を応援したいって気持ちは本当なんだ。だって、私達は親友——」
「なに、それ」
美月が最後まで言い切る前に、夏海の冷たい声が遮った。
「私の気持ちを言い訳に、今まで黙ってたの? 『親友』ってさ、そんなに都合のいいものなの?」
表情の消えた夏海の瞳から、涙がこぼれた。
「黙ってさ、私に協力するつもりで、黒瀬と接してたの? それってさ、違うよね? 私の事を利用して、黒瀬に近付いてただけだよね!?」
「ちがっ……! ……ごめんなさい」
違うと言いたかったが、実際の行動を考えると夏海の言う通りだった。
だから美月は、言い訳を飲み込んだ。
「…………最っ低」
泣くな。
ここで泣いていいのは、夏海だけだ。
夏海の低い声を聞き、両手をきつく握りながら、美月はただただ耐えた。
その間に夏海はお金を取り出すと、叩きつけるようにその場に置き、席を立った。
そして一度も振り返る事なく、足早にカフェから出て行った。
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