言えなかった事
美月は夏海の言葉を思い出して、何度も泣きそうになりながら帰宅した。
『今日は本当にごめんなさい。また話せるようになったら、ちゃんと話したい』
美月は冷静になる為、お風呂を済ました。
そして、自室で震える手を無理やり動かして、夏海にメッセージを送った。
今、私がごちゃごちゃ言ったって、夏海を追い詰めるだけだ。
少し、距離を置こう。
これ以上夏海に対して出来る事がないと思い、美月はベッドに寝転んだ。
あとは、黒瀬に、ちゃんと返事をしよう。
私は、黒瀬の気持ちには応えない。
それが、けじめだから。
心臓に嫌な痛みが宿ったが、美月はもうそう決めた。夏海との関係が本当に終わってしまう事を回避するには、これしか思いつかなかった。
「私は、夏海が大切だから」
美月は声に出して、違和感を覚える。
本当に今の自分は、夏海を大切に思っているからこその行動をとっているのだろうかと、ふと考えてしまった。
「私は……、本当は、どうしたいんだろう」
疑問に思った気持ちから、不意に続けて声がもれた。
壊さないように大切にしたかった、夏海との関係。
そして、今まで通り友達として安心した距離でいたかった、黒瀬との関係。
全部、壊れた。
私が、壊した。
戻れるなら、戻りたい。
夏海と黒瀬の恋を応援する、あの日々に。
少し前のそれぞれの関係を思い出しながら、美月は胸が苦しくなった。
「どうして前より、胸が苦しいんだろう」
私の気持ちなんて、どうでもいいのに。
私にとって大切な2人が幸せになってくれるなら、それでよかったのに。
夏海と黒瀬が付き合うなら、私はきっと、この恋を諦められたから。
そう考えながらも、美月の胸の痛みは止まらなかった。
『私の気持ちを言い訳に、今まで黙ってたの? 『親友』ってさ、そんなに都合のいいものなの?』
「言い訳……、親友……」
『黙ってさ、私に協力するつもりで、黒瀬と接してたの? それってさ、違うよね? 私の事を利用して、黒瀬に近付いてただけだよね!?』
「違う。違うよ」
夏海の言葉を思い出しながら、美月は瞳を閉じた。
「夏海の恋を応援したかった。でも……」
抑えきれなくなっていた黒瀬への気持ち。
途中から私は、黒瀬と過ごす時間に罪悪感と心地良さを覚えていた。
それを、黒瀬が、気付いてくれた。
夏海と過ごす時間は、心から笑い合える、かけがえのないひととき。
黒瀬と過ごす時間は、彼のその瞬間を目に焼きつける、幸せなひととき。
どっちも、失いたくない。
不意に言葉が浮かび、美月は目を開いた。
「私、私……。夏海にも、黒瀬にも、私の気持ちを知ったあとでも、今まで通り過ごしてほしいって、ひどい事、考えてるの?」
美月は自分がここまで臆病で卑怯な人間だとは思わず、どんどん気分が悪くなっていった。
『…………最っ低』
「そうだね……。私、本当に最低だ」
見慣れた天井を見ていたが、美月は夏海に返事をするように呟くと、横を向いて体を折り曲げた。
「痛い……」
胃の痛みがひどくなり、美月はお腹に手を当てながら呟いた。
この痛みは、自業自得。
夏海を、黒瀬を、都合の良いように利用していた、私への罰。
それならずっと、痛いままでいい。
誰でもいいから罰してほしくて、美月はその痛みすら受け入れようとしていた。
***
泣き出しそうな美月を見ながら、それでも散々八つ当たりをして、夏海は心が真っ黒になった気分だった。
『今日は本当にごめんなさい。また、話せるようになったら、ちゃんと話したい』
最低、最低、最低!!
美月からのメッセージを見ても、夏海の怒りは消えなかった。
『ごめんね。本当はもっと、早く言うべきだった。私ね……、私も、ね、黒瀬の事が、好き……』
なんでもっと早く言ってくれなかったの!?
夏海はお風呂に浸かり、美月の言葉を思い出して天井を睨みつけた。
『先にね、夏海から黒瀬が好きだって聞いて、私は夏海の気持ちを優先した。だから、言わない方がいいって、思ってた。でもね、黒瀬の事はもういいの。夏海を応援したいって気持ちは本当なんだ。だって、私達は親友——』
「うるさいっ!!」
当の本人はいないのに、夏海は声を荒げた。
私のせいで、美月が黒瀬を諦めなくちゃいけなくなったみたいな言い方!!
勝手に諦めて、私に言われた通り行動して、なんで今さら好きだって伝えてくるの!?
心の中に渦巻く感情をどう発散したらいいかわからず、夏海は勢いよくお湯の中に潜った。
本当は、わかってるくせに。
頭の中はぐちゃぐちゃなのに、ほんのわずかに残されていた冷静な自分が話しかけてくる。
うるさい、うるさいっ!!
怒りで思わず口を開いてしまった夏海は、お湯から勢いよく顔を出した。
「今は、今は考えたくない! だって、だって……」
ちゃんと考えたら、美月も、私も、最低だって、気付かされるから。
「今はまだ、考えさせないで……」
自分が美月にぶつけた言葉の本当の意味を受け止める勇気がなかった夏海は、自分の考えから目を背けた。
こんな時、私はいつも美月に相談してた。
美月以上に私の事をわかってくれる子なんていない。だから、他の誰にも相談なんてした事なかった。
それに、なんて言うの?
親友と同じ人を好きになって喧嘩したとか、言える?
私、クラスの子に、美月が協力してくれてるって、たくさん話しちゃってるのに……。
どうしたらいいのかわからず、夏海はお湯を顔にかけ、不規則に揺れる水面を眺めた。
黒瀬はモテるから、警戒されると距離をとられるって聞いた事があった。
だから私は、美月に頼んで少しずつ距離を縮めていってた。
美月は……、どんな気持ちで協力してくれていたんだろ。
それなのに今さら伝えてきたって事は、何かあったのかもしれない。
「もしかして、黒瀬と美月が……?」
ふと、もしもの事態を想像して、夏海は口に出しかけた。
諦めるはずだったと言っていたのに、私に伝えてきた。それってさ、伝えなきゃいけなくなったって事だよね?
そこまで考えて、夏海は瞳を閉じた。
わかんない事まで考えるの、やめよ。
本当は、美月とちゃんと話さなきゃいけないってわかってる。
でも、そんなすぐに、気持ちの整理なんてできない。
それに私は美月の気持ちを聞いても、やっぱり黒瀬が好き。
だから、私だけで、動こう。
ちゃんと話し合いができるまで、夏海は美月と距離を置く事にした。
そして黒瀬に対して、初めて自分から動く決意を固めた。
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