第2話 ユウキ(梨鳥ふるりさんからのお題「橋の下」)


 日照りが続き作物が育たないと村人たちは夜の闇に乗じてこそこそとやせ細った子らを連れ橋の下へとやっててくる。

 ここから動くんじゃないぞ。必ず迎えに来るから――そう言い含めれ涙を堪え闇に怯えながら健気に待っている子どもを迎えに来た親などいたためしがない。


 ほら今宵も月が雲に隠れて見えない隙を狙って若い娘がやってきた。産後幾日も経っていないのか。青白い顔でふらつく足元を必死に前へと運んで橋の袂まで来ると石段を転がり落ちそうになりながら河原へと下りてきた。


 やつれた顔に浮かんだ表情は諦めか。

 罪悪感か。


 ただ空虚な眼で石に足を取られながら橋の下まで辿り着くと粗末な布にくるまれた赤子をその手から離そうとして動きを止めた。


 思い留まったとて生き永らえることは困難であることは明白。

 さてどうするのか。


 娘は片手で赤子を抱きもう片方の手で着物の襟を掴んでぐいっと開いた。本来ならばパンッと張った乳房が零れようものを――まるで男を知らぬ幼き少女のような胸へと子の顔を近づける。ほわほわとか細き声で泣いていた赤子はそれでも母の匂いとわずかな乳の香りに気づいたかちゅっちゅっと音を立てて吸い付いた。


「ごめんよ……ごめんよ」


 顔を歪めて謝る娘の目尻からは涙の一筋も流れはしない。いっこうに出ぬ乳に赤子が痺れを切らし声を振り絞って泣き出した。響き渡る泣き声に娘が慌てて周りを見回す。


 たとえ他の誰かに聞こえていたとしても咎めるものなどいないというのに。


「だいじょうぶ。ユウキさまはとてもお優しい鬼でいらっしゃるからお前のことをきっと大切にしてくださるよ」


 そう早口でまくし立てると娘はすっくと立ちあがる。全てを振り切るように背を向けて石のごろつく河原を突っ切り階段を上って夜の闇の中へと消えていった。


「……なんとまあ、勝手なこと」


 己がことを優しいと一度も思ったこともないが、どうやら村人たちは厄介者を引き取ってくれる鬼としてありがたがってくれているらしい。


「赤子など手がかかるばかりで食いでもないが――はてさてどうしてくれよう」


 橋が作る深い影の中からひょいと覗き込んだ赤子のしわくちゃな顔はまるで梅干しのようだなと嘆息する。喰らっても酸っぱそうだと独りごちるとクスクスと笑う声が川面の上を滑っていく。


「そんなことおっしゃってもユウキさまが子どもを食べようとしたことなど私共は一度も見たことありませんよ」

「……貧相な子どもなど食べても腹は太らぬ。だから肥えさせ、さあこれから喰らおうと思った頃にはお前たちがすっかり仕事を覚えて使えるようになっているからいかんのだ。ただのごくつぶしであれば頭からバリバリと音を立てて喰らってやるのに」


 憎たらしい――渋面で呟く鬼の様子を微笑んで眺めていた少年がひょいっと水の上を蹴って赤子の元へと降り立った。首の座ってない子を慣れた手つきで抱き上げ鬼の潜む影の中へと歩いて行く。


「またひとり将来有望な使用人が増えましたね」

「……それは喰らう」

「ふふふ。お好きなように」


 鬼が漆黒の羽織を広げるとその向こうには広縁のある豪奢な屋敷が建っている。手入れの行き届いた美しい庭。煌々と輝く星と大きな月。

 そんな屋敷へと鬼と少年は帰って行く。


 赤子を連れて――。

 


 

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