第2話 付き合ってるんだから

「付き合ってるんだからお昼くらいは一緒に食べよう」


 嘘の恋人関係になった次の日、提案してきたのは雨宮だった。

 連絡先も交換して、今みたいな感じで二人一緒に登校するくらいでいいと考えていたから、俺はその申し出に乗るか迷った。

 とはいえ、どうせ一緒に昼飯を食べる相手もいないのだ。


「じゃあ、そうするか」


「ありがとう」


 不安げな表情から一気にパッと明るくなった雨宮を見て一安心する。


「じゃあ、昼休みに中庭で」


「中庭?」


 俺はいつも教室か屋上で食べていたから少々戸惑った。そのうちに雨宮が意図を説明する。


「私たちが付き合ってることを知ってもらった方が良いかなって」


 確かに一理ある。中庭は人気のスポットで人通りも多い。

 元々はイメチェンして近づき易そうに見える雨宮に、下心丸出しの男が近寄らないようにするという計画だったはずだ。

 となれば、返事は決まっていた。


「分かった。中庭でいい」


「うん。授業が終わったらすぐ行くね」


 俺たちは校内に入り、階段を上った辺りでそれぞれの教室に向かった。


「ようよう、聞いたぜ」


 廊下で出会い頭にクラスメイトの宮部に絡まれた。後ろから肩を組むように腕を回してくる。


「暑苦しいから離れろ」


「昨日の娘、雨宮ちゃんって言うんだってな」


 俺の発言を無視して宮部はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 鬱陶しくなって宮部を振り払うが、まったく堪えていないようだった。


「まさか、あの娘と付き合ってるとはな」


「ずいぶん話が回るのが早いな」


「噂好きな連中ってのはどこにでもいるものさ」


 おれも含めてな、と宮部は自慢げに胸を張る。

 昨日の段階で俺と雨宮が付き合っているという情報は流れ始めているらしい。


「で?」


「でって」


「あの娘のどこが好きなんだ?」


 うっかりしていた。噂になれば、宮部のようなやつに質問されることもあるだろう。

 細かいところを決めていないことに気づかされた。

 別に、などと答えてしまえばつけ入るスキを与えることになるかもしれない。

 だから。


「全部」


 しまった。思いつかないから適当に答えてしまった。

 案の定、怪訝そうに宮部はこちらを見ている。


「たとえば?」


「あ、いや、そうだな。外見とか、髪型とか」


「全部見た目じゃないか。もっと違うところはないのか?」


 無難に考えてみたが何も思いつかない。

 当たり障りのない迷惑がかからない程度の特徴は。


「じゃあ、優しいところとか」


「じゃあってなんだよ」


 俺の回答に不満を持ったようで、宮部は腕を組んで首を傾げた。


「そもそも、どうして付き合うことになったんだ?」


「それは――」


 口裏を合わせていないことを勝手に決めても後で齟齬が出るかもしれない。

 付き合うことになった理由か。

 そんなとき、ふと中学時代のことを思い出して。


「支えてやりたいと思ったから」


 彼女は過去に怯えているのかもしれない。

 過去を知る俺は恐怖の対象なのかもしれない。

 でも、だからこそ。


「お前がそんな顔をするなんて、ぞっこんなんだな」


 俺の答えを聞いた宮部は満足したように頷く。


「くぅ、おれにも彼女がいたらお前に自慢するのに」


 悔しがる宮部をよそに教室に入る。休み時間になるのが少しだけ待ち遠しかった。

 昼休み。待たせるのも悪いので中庭に急いだ。しかし、雨宮は俺より早く中庭の木陰にあるベンチを陣取っていた。


「あっ、久保くん」


 雨宮は俺を見つけると手を振ってきた。その表情に陰りはなく、昨日の思いつめた表情が嘘のようだ。


「悪い、遅くなった」


「私も今来たところだから」


 実際そうなのだろう。笑顔を浮かべながらもわずかに息を切らしていた。

 かなり急いできたのかもしれない。


「ここは人気の場所だから急がないと座れないんだ」


 考えを見透かすように雨宮は微笑んだ。


「久保くん、お昼はパンなんだ」


 雨宮の隣に座ってビニール袋からパンを取り出すと彼女は珍しそうに眺めてきた。


「雨宮は弁当か。自分で作ってるのか?」


「えっ、そうだけど」


 彼女の膝にはピンク色の一段の弁当箱が置かれていた。


「すごいな。俺も弁当くらいは詰められた方が良いんだろうけど、一人暮らしだといろいろ面倒でさ」


「だから、コンビニのパンなの?」


「そう」


 俺はハムサンドを齧りながら首を縦に振る。


「もしかして、毎日パンなの?」


 なぜか雨宮は困惑しているように見えた。


「たまに弁当も買ったりするけど」


「コンビニの?」


「そうだけど」


 それを聞いた雨宮は考え込むようなそぶりを見せた後、何かを思いついたようにバッと顔を上げた。


「久保くん、この玉子焼き食べてみてくれないかな」


 彼女は格子柄の箸で焼き目のついた玉子焼きを突き出してきた。


「え?」


 あまりにも突然の行動に困惑する。

 雨宮はこんな突拍子もない行動をするタイプだったのか。

 他人の視線も気にならないくらい何かを考えているようで、どこか興奮しているようにも見える。


「雨宮、少しそれは難易度が高い」


 俺は頬が熱くなるのを感じて少し顔をそらした。


「えっ?」


 口元に押し付けられそうなほどに近づいていた玉子焼きが停止する。

 そして、雨宮は自分のしていたことに気付いて赤面した。


「ご、ごめんね」


「食べろっていうなら食べるけど」


 俺は爪楊枝で玉子焼きを刺して口に入れる。しっかりと焼かれた卵の味と出汁のような風味がする。

 一つ言えることは俺では真似できない。


「うん、うまいよ」


「そっか。よかった」


 はにかみながら雨宮はほっと息を吐いた。


「試作品か何かなのか?」


「そうじゃないよ」


「じゃあ、なんでいきなり、あんなことを」


「それはね」


 雨宮は何度か深呼吸して、ずいっと顔を近づけてくる。

 いちいち無防備すぎる行動に少しばかり緊張しながらも俺はそれを表に出さないよう心掛ける。


「久保くんの分のお弁当も作ってこようかなって」


「俺のも?」


「うん。久保くんが嫌じゃななかったら、だけど」


 どうかな、と雨宮はどこか期待したように上目遣いで見てくる。

 断る理由はなかったのだけど。


「手間じゃないか?」


「大丈夫だよ。いつもより多めに作ればいいだけだし、工程が増えるわけじゃないから」


 嬉しそうに笑う彼女を見て俺はゆっくり頷いた。


「それなら頼むよ」


「うん。ありがとう」


 こうして雨宮が俺に弁当を持ってきてくれることになった。

 俺にとって都合の良い展開で少し不安になったが、彼女を守るためなのだと自分に言い聞かせた。

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