素直クールな幼馴染が家に帰ると猫になっていた。

梅酒司

素直クールな幼馴染が家に帰ると猫になっていた。

 猫はとても可愛いものだと思う。

 普段、動物を可愛いと思っていない俺でも思うのだ。

 それほどに猫はとても可愛い。


 なぜそんなことを突然思ったか。


 家に帰ると猫がいたのだ。


 別に野良猫を拾ったり、猫を新たに飼い始めたわけではない。

 "既に居たのだ"

 家に帰り、自室の扉を開けると。


 三角形の黒い耳を頭に乗せた生き物おさななじみが。


 ………………

 …………

 ……


 俺には幼馴染がいる。

 名前はあおい


 物心ついたときには、傍にいるのが当たり前だった

 誕生日も近く、家も隣同士。

 お互いの両親も、同い年の子供を持つ親同士ということもあって自然と仲良くなったらしい。

 二家族同時に旅行に行くことも多かった。

 むしろ、家族だけで出かけることは実家に帰るときぐらいだった。


 そんな関係からか、異性であるかは関係なく仲良くなった。

 そして異性と認識しはじめ、付き合い始めるのにも時間を有さなかった。


 学校が終わった放課後。

 葵が俺の部屋に入り浸っているのが当たり前だった。

 だからこの日も葵が部屋に居ても驚かなかった。


「なあ、葵」

「なんだ、英輔えいすけ


 葵は普段から大人しい性格で淡々と返事をするタイプだ。


「それ、どうしたんだ?」

「なにがだ」

「いや、その耳……」


 そんな葵は、ときどきこのように理解できないことをすることがある。

 彼女なりに意味があってやっているらしいが、その真意は直接本人の口から説明されない限りわからないことが多い。


「気づいたか」

「……まあ」


 気づかない方が無理ある。

 三角形の黒い耳が、彼女のさらさらとした青い髪のの上に乗っかっていた。


「猫耳だ」

「……猫耳、なのか」

「そうだ、猫耳だ」


 どういうことなんだ。


 今日の葵は猫だった。

 家に帰ると先に帰宅していた葵が本を読んでいた。


 "猫耳"を付けて。


 見間違いの可能性もあるので、目を擦りもう一度見る。


 葵がベッドに腰かけて本を読んでいる。


 "猫耳"を付けて。


 ぱんっ。


 夢の可能性もあるので、頬を叩いてからもう一度見る。


 葵が足を折りたたみ少し縮こまった体勢でベッドに転がり本を読んでいる。


 "猫耳"を付けて。


 ……今日はどういうことなのだろう。


「葵、ただいま」


 なんと声をかけるか迷った俺は言い忘れていた帰宅を知らせる言葉を投げかける。


「おかえり」


 律義に返事をしてくれる。


 にゃーとは言わないのか。


「……」

「……」


 何も言ってこない……。

 これどう反応するのが正しいんだ。


「葵、可愛いよ」

「知ってる」

「英輔」

「ん?」

「大好きだぞ」

「っ……俺もだ」


 葵は照れもせず平気でこういったことを言ってくる。

 最近は俺も言い返すようにしているが、咄嗟に言われるとどうしても照れが出てしまいワンテンポ遅れてしまう。


「……」

「……」


 そしてそのまま沈黙。

 可愛いと言ってほしいのかと予想したが、違ったらしい。


 葵の横。

 自分のベッドに腰を下ろす。


 二人が乗るには少しだけ小さい1人用ベッド。


「葵、なんで猫耳を付けてるんだ?」


 わからない時は質問をするのが、幼馴染である二人の鉄則。


「猫耳をつけたい日だった」

「猫耳をつけたい日なんですか」

「猫耳をつけたい日なんだ」


 ……どういうことだ?


 記憶の中を探る――までもないのだが。

 猫で思い当たる節はあった。


 昨日の出来事だ。


 ………………

 …………

 ……


 昨日は俺の従姉妹にあたる、早織姉さんが珍しく家にやってきたのだ。

 早織姉さんと葵は面識があるし、同姓ということもあり俺よりも葵のほうが仲が良いぐらいだ。


 その日、早織姉さんは家で飼っている猫を連れてきていた。

 名前は……クロとか言ってた、その名の通り黒猫だった。

 早織姉さんが両親と雑談に花を咲かせている間、俺と葵はクロの様子を観察していた。

 目の前でわちゃわちゃと動く黒猫。

「クロ、可愛いな」

「英輔、私にも」

 隣で一緒に見ていた葵の間髪入れてのおねだり。

「っ……葵、可愛いぞ」

「ありがとう、英輔もかっこいいぞ」

「……、ありがとう」

 たぶん、いま顔が赤くなっているだろう。

 両親が近くにいても葵は平気でこういうことを口にする。

「猫って間近で見ると可愛いな」

 だから、話題を変えるためにもクロの話に戻った。

 でも、その言葉には嘘はない。

 動物に慣れていない俺でも心からそう思うほどクロは可愛いと思った。


 クロら想像以上に大きな声で鳴いていた。

 猫ってもっとにゃーと鳴くと思っていたが思ったよりにゃーって言わないんだな。

「こんな大きな声で鳴いて、なんかして欲しいのかな」

「時期的にそうらしい」

「へー、そういうのがあるのか」

 声変わり的なやつだろうか。

 葵は頭がいいし、博識だ。

 だから、猫の生態も知っているのだろう。

「こいつ、お尻あげてるぞ。猫っぽいポーズ」

 今度は、アニメとかの猫がよくやっているようなポーズをとっていた。

 そしてくるりと体をひっくり返し、床に体を擦りつけはじめていた。

 その様子がなんだか可愛く思えてくる。


「なあ」

「なんだ、葵?」

「私がそういうことしたらどう思う?」


 突然の質問。

 そういうことって、猫っぽいことか……?


 猫っぽいことをする葵か。

 頭に浮かぶのは猫耳がついた葵の姿。


「可愛いと思うぞ」


 答えを出すまでに時間はかからなかった。


「そうか」

「あー、でもやるからには猫耳とかちゃんとつけてやって欲しい」

「猫耳……?」

「猫耳をつけているのとないのではやっぱりそそられるというか、湧き立つ気持ちが違うから」

「うん。わかった」


 ……

 …………

 ………………


 そんな話をした気がする。

 あの時はちょっとした冗談のつもりだった。

 といっても、やってくれたらいいなという下心は少しあったのは認める。


「…………」


 ベッドで横になり、本を読み続ける葵。

 その頭部にはいまだしっかりと猫耳が付けられている。

 つまり、こいつは猫になりきっているというわけか。


「なあ、葵」

「どうした」


 本を閉じ、葵はぐっと体を近づけてくる。

 ふわっと甘い香りが鼻孔に届く。

 葵の匂い。

 距離が近い。


 いつも距離が近いが、今日は一段と近い気がする。


「俺たち付き合って結構経つよな」

「ああ」


 葵と俺は付き合っている。

 しかもそれは、だいぶ長い期間だ。


 だが、それでもわからないことはあるものだ。

 なぜ、突然猫になりきった理由とか。


「ときどき葵がわからないことがある」


「…………そうか」


 やばい。


 ちょっと間を開けての返事。

 葵は落ち込んだとき反応が鈍くなる。


「やはり、変だよな」


 俺は葵の手首をつかむ。

 葵は頭の猫耳を外そうと手を伸ばしていたから。


「いや、変じゃない!」


 咄嗟に大きな声が出てしまう。

 今日は両親が留守にしていてよかったと、どうでもいいことが頭を過る。

 いまはどうでもいい考えを頭から振り払い、目の前の葵のことをただ見つめる。


「そういう葵は可愛いと思うし、それに俺はそんな葵が好きだ」


 葵の顔。 整った綺麗な顔立ち。

 その顔に小さなの変化があった。

 小さくても幼馴染であり恋人だからこそわかる変化。

 葵の顔がふわっと明るくなった。


「そうか」

「そうだ! だからもっと自信をもて」

「私からしてもおかしくないか」


 よほど自信がなかったのか。

 それに追い打ちをかけるようなことを言ってしまった過去の自分を恨みたくなった。

 だから、俺は正直な気持ちを葵にぶつける。


「ああ! おかしくないし、どんどんやってほしいぐらいだ」


 どういう経緯であれ、彼女が猫になりきるなんて可愛いことをしてくれたんだ。

 嬉しくないわけがない。

 葵がどういう思いで猫になりきったかなんて些細なことどうでもよくなっていた。


「そうか」


 葵はそういうと俺の顔を見つめていた。

 ああ、やっぱり可愛いな葵って。


「じゃあ、するぞ」


 そう思えたのも一瞬。


「…………えっ」


 気が付いたときには葵の唇が押し付けられていた。

 そして俺はそのままベッドに押し倒されてしまっていた。


 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 ………………………………


 頭が働かない。

 突然の幼馴染こいびとからの襲撃。

 いままでこんなことはなかった。


 衣服は乱れている。

 ほとんど半裸の俺とは対照的に葵はいままで乱れていた自分の衣服を直している。


「さすがに思い出すと恥ずかしいな」

「…………」


 襲われた。

 こんなことは初めてだ。


「……」


 言葉が出ない。


「どうしたんだ」


 あっけに取られていた俺に葵が声をかけてくる。


「どうしたもなにも……」


 猫になりきることに自身のない彼女を勇気づけたら襲われていた。

 ファンタジーにしても謎すぎる。


「俺は、お前が猫になりきっていることに自信がないかと思っていたのに」

「猫になりきる? 何のことだ」


 明らかに頭にハテナを浮かべていた襲撃者あおい


「なんのことって……お前、猫耳つけてただろ」

「ああ」

「それは昨日俺が猫っぽいことするなら猫耳を付けてくれといったから……」

「……?」


 俺の説明でもハテナが無くなる様子のない葵。

 ──なにかズレがある。


「待て、確認をさせてくれ」


 その違和感を確認するべく言葉を続ける。


「昨日お前は言ったよな、"私がそういうことしたらどう思う?"って」

「ああ、言った」

「そういうことってのは、猫のことじゃないのか?」

「猫ではあるが、発情だぞ」


 いま、なんて?

 ……発情?


「私が聞いたのは"発情"のことだ」


 …………ん?


「昨日、クロは発情していただろ?」

「発情……?」


 俺の反応を見て、葵は「ああ……」と一人なにか納得している様子だった。


「すまない英輔、猫の発情期をお前も知っているかと思っていた」


 猫の発情期。


「独特な大きな声で鳴いてたり、お尻を上げたりしてるときは発情期なことが多い。 あとは床に体を擦りつけたりなんてのもそうらしい」


 確かに、昨日のクロはそういった動作をしていた。


 ……あー、なんとなくわかってきた。


「つまり、葵の"そういうこと"は"発情"のことを指していたと」

「そうだ」


 "私がそういう発情ことしたらどう思う?"


「……つまり質問は、"葵が発情したらどう思う"ってことだったと」

「そうだ」


 なんて質問をしてるんだよ。


「それで、俺は猫耳をつけて欲しいと言ったと」

「そうだな」


 なんて回答をしてるんだよ。


 そして、それに違和感を持たないのか葵。

 いや、持たないよな……葵だから。


「だから、そういう気持ちになったからこれをつけた」

 と、机の上に置かれた猫耳を葵は手に取っていた。


 つまり、猫耳は葵なりのオーケーサインだったと。

 そういう訳か。


「……そうですか」

「だから、またよろしく」


 俺の顔を見て微笑む葵の頭には再び猫耳がつけられていたのだった。

 その姿は、直されたばかりの葵の衣服が乱れることも意味していた。

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