第15話:第3章④vs大虎④

 パン!


「11―8。1セットラヴ」

 大虎の後ろをボールが転がる。大虎はそれを睨みながら立ち止まっていた。獲物を睨む虎のように小さく唸っていた。

「――先輩。大虎先輩」

 宅井が声をかける。

「ん?なんだ?」

「チェンジコートです」

「あぁ、わかった」

 須磨の横に突っ立っていた大虎は移動した。

「先輩、どうしたんだ?」

「さぁ。疲れたワケではないと思うけど」

 須磨と宅井は静かに唸っている大虎を見ながらヒソヒソと話した。

 大虎は自分の持ち場についても唸っていた。さすがの須磨も心配した。

「先輩、サーブ打っても大丈夫ですか?」

「……」

「先輩?」

「……」

「先輩!!」

「おっ、おぉ」

 須磨の大きな声に驚く大虎。

「じゃあ、サーブ行きますよ」

 須磨は大きくボールを上げた。

 須磨からのサーブを大虎は返球。


 バフっ


 ポールがネットにかかって、そのまま須磨側のテーブルに落ちた。

 0―1

「くそ、ネットか。ラッキーですね、先輩」

「あぁ」

「先輩、大丈夫ですか?」

「あぁ」

「……いきますよ」

 須磨じゃサーブ。


 バフっ


 再びネットにボールがかかり、そのまま須磨川のテーブルに落ちた。

 0―2

「またかよ。運がないぜ」

「あぁ」

「――先輩、本当に大丈夫ですか?」

「あぁ」

「……先輩のサーブですよ」

 大虎はサーブした。

 が、ネットに掛かり、やり直し。

「先輩、さっきからネットばかり当たってますね」

「あぁ」

 大虎は再びサーブ。

 が、再びネットに掛かり、やり直し。

「嫌になってくるぜ、ネットばかりで」

「あぁ」

 大虎はさらにサーブ。


 パン!


 今度は綺麗に決まった。

 0―3

「くそ、今度はネットじゃないのか」

 須磨は苛立った。

「次行くぞ」

「よし、来い」

 集中し直した須磨に、大虎はサーブ。

 が、ネットイン。

「またやり直しかよ」

 須磨は集中できない。

「もう一球」

 須磨はサーブ。


 パン!


 また綺麗にサーブが決まった。

 0―4

「くっそ。集中できない」

須磨はイライラしている。

「次はお前のサーブだ」

「分かっている。いくぞ」

 須磨はサーブを打った。

 大虎が返球。


 バフっ


 ネットイン。

 0―5

「くそ、さっきからネットばかり、おかしいぞ」

 須磨はかなりイライラしていた。

「おかしい、か」

 大虎がつぶやいた。

「あぁ?なんか言ったか?」

「いや、別に」

 大虎は不気味に口だけが笑った。

「くそ、このセットに入ってからネットばかり……」

 須磨は何かを思いついた。

「まさか、お前」

「お前じゃない、先輩だ」

「そんなことはどうでもいい。お前、さっきからわざとネットに当てているだろ?!」

 ラケットを向ける須磨。

「そうだ。それがどうした?卑怯だとか言いたいのか?」

 大虎はラケットを立てた。

「めっちゃすげーよ!どうやるんだ?教えてくれよ!」

「お、おぉ?」

 須磨が嬉しそうな顔で大虎の手を掴み、困惑させていた。

「――はいはい、試合中ですよ」

 宅井は須磨の首元を掴んで引きずった。

「おいおい、いいじゃねぇか?」

「いい訳無いだろ?試合中だ。相手選手への勝手な接触はやめろ」

「というか、引っ張るなよ。ゴリラかお前は」

「――あのな。僕は一応女子だぞ。そんなことを言われたら一応は傷つくぞ」

ジト目で見下ろしてくる宅井を、須磨は目を点にさせて見上げた。

「す、すまねぇな。お前、たまに女子らしいこと気にするな」

「一応は女子だからな」

 女性とは思えない腕力で須磨を引きずりながら宅井は見放す。

「でも、お前だってあんなプレーしてみたいだろ?」

「そりゃしてみたいさ。でも、あんなプレー、普通はできない」

「……仕組みはわかったのか?」

「まぁ、一応は審判という間近な位置で見ていたからね」

「どういうプレーなんだ?ただ単にコントロールがいいだけじゃないのか?」

「そんなわけないだろ?どんなにコントロールがいいんだよ」

 宅井は豪腕のように一瞬した。

「じゃあ、なぜなんだ?」

「それは、ドライブだよ」

「ドライブ?たかだかそんなことでか?」

 須磨はドライブに舐めた感想。

「そうだよ、たかがドライブ、されどドライブだ。それはここまで戦っていた君が一番わかるだろ?」

「まあな。それに、スマッシュばかり打とうとする俺には親近感が沸く」

「スマッシュばかりの君とドライブばかりの大虎先輩、ということだね」

 須磨の嬉しそうな顔を宅井は見て見ぬふり。

「それで、結局何なんだ?その、仕組みというかカラクリは?」

「だから言っただろ。あれはドライブだと」

「それは聞いた。だが、ドライブがネットインとどう関係するんだよ?」

「ネットに当たったらそのまま自分側に落ちる場合がある、というかほとんどはそうだ。だが、ドライブ回転によってボールがよじ登り、相手側に入るんだ。そうやって普通なら入らないボールが入るようになるんだ」

 宅井は説明した。

「おいおい。言いたいことはわかるが、そんなことがあるかよ?そんなことができたらネットなんか怖くないじゃないか。ありえねぇぜ」

「でも、実際に起きている」

 場は墓地のように静まり返った。

「……だよなぁー。信じられないけど信じるしかないよなぁー」

 須磨は信じられない顔をして汗をかいていた。

「おい、話はもういいのか?」

 大虎は尋ねてきた。須磨と宅井は各々の位置に戻った。

「すいませんでした」

「サーブ行くぞ」

 須磨はサーブ。

 大虎のレシーブ。


 バフっ


 ボールはネットインした。

「はぁあ!」

 須磨はラケットを伸ばした。

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