第7話:第2章⑤練習試合の後

 10―12となり、須磨の勝ちだった。

「うそだ。俺が負けるなんて」

 佐藤は台に両手を載せて俯いていた。

「先輩、さっきの賭け事のことなんですけど」

 須磨は近づいた。

「うるせえよ!」

 と言うなり佐藤は須磨に殴りかかった。

 が、かわされた。

「先輩。いきなり暴力はダメだぜ」

 体勢を崩す佐藤を見ながら須磨は余裕ぶっていた。

と、佐藤からの後ろ蹴りが須磨の腹を突く。

「がっ!」

「どうだ」

 そうニタリ顔する佐藤に対して、須磨は冷や汗混じりに苦笑いして持ちこたえていた。そして、蹴られた足を掴んだ。

「肩パンはしないと言おうとしたんだ・が・な!」

 須磨は掴んだ足を振り回した。それこそ、ジャイアントスイングのように。

「あわわっわわ」

 手を離した。

「がっ」

 佐藤は壁に頭を強打した。須磨はハァハァ息を切らした。

「わりーな。喧嘩も弱くはないんだ」


 須磨は男子のほうに向かった。歩いて行った。

「よお。仇はとってやったぜ」

 そうハイタッチをしようとする須磨に対して、男子は言う。

「まずいよ」

「何がまずいんだ?」

 手を下ろした須磨は聞く。

「だって、暴力はまずいよ」

「あっ」

 須磨はアホみたいな声を出した。

「そうでしょ」

「どどどどど、どうしよう。許してもらえるかな?」

「どうだろ。最悪入部できないんじゃないの?」

「そそそ、そんな。どどど、どうしよう」

「でも、俺はいじめられるところには入りたくないから」

「おおお、お前はそれでいいかもしれないけど、おおお、俺はどうしたらいいんだ?」

 須磨は先ほどの微動だにしない憮然とした態度からうって変わり、オロオロと焦っていた。頭と抱えてしゃがみこむくらいに。

「大丈夫だろ」

 男子の横に居た学生が言った。

「?――誰だお前?」

「僕は宅井だ」

 宅井は澄ました顔で見下して自己紹介した。

「そうか、俺は須磨だ」

 須磨は立ち上がって自己紹介した。

「お、俺は……」

「それで、何が大丈夫なんだ?」

 男子の自己紹介は遮られた。男子は心の中で少し悲しんだ。

「君1人だけなら別だけど、僕とこの人の2人が証人でいるんだ。悪いのは向こうの先輩だとわかるだろ」

 相変わらず澄ました顔の宅井だった。

「そうか。そういえばそうだな。お前ら、俺の弁護してくれよ」

 水を得た魚のように元気になった須磨。

「当たり前じゃないか。そもそも、俺がいじめられていたのが悪いもん」

「僕も弁護する。途中からだけど見た限り悪いのは先輩だった」

 3人は結託した。

「お前たち、いいやつだなぁー」

 須磨は鼻水混じりに涙を流していた。

「そんな、泣くほどのことじゃないよ」

「汚いから僕に近づかないで」

 距離をあけた宅井を見て、須磨はキョトンとした。近づいた。

「?――近づくなと言っただろ」

 離れる宅井。詰める須磨。

「おい、なんだよ?」

 さらに離れる宅井、さらに詰める須磨。

「ちょっ、いいかげんにしろ!」

 もっと離れる宅井、もっと詰める須磨。

 そんなやりとりの最中……


「――お前、あの時の卓球野郎じゃねぇか!」

 須磨は宅井を指さした。

「なんのことだよ?」

「ほら、2年前、旅館で卓球した。俺をボコボコにした」

「……あぁ!」

 宅井も指さした。

「おぉ、思い出したか?」

「誰だっけ?」

「覚えてないのかよ」

 須磨はガックリと首を落とした。

「いや、覚えているのは、僕に勝負を依存できた変な奴だけだよ」

「それがオレだよ。俺」

「え?」

 宅井は眉間にシワを寄せて須磨を見つめた。

「そういえば、顔が似ているような」

「そうだろ?面影あるだろ」

「でも、あいつ下手くそだったぜ」

「あれから練習したのさ」

 須磨は親指を立ててナイスガイポーズした。

「そうなんだ。今の君はあの時の君と見間違えたよ」

「あれからどれくらい強くなったか、試してみるか?」

「いや、遠慮しとく」

 そそくさと距離をあけた。

「どうしてだよ?」

 須磨は泣きつこうとした。

「それはこっちのセリフだよ。どうして勝負しないといけないのさ?」

 宅井は距離を置いた。

「だって、どのくらい強いか知りたいだろ?」

「別に知りたくないけど。さっきのでだいたいわかったし」

「どっちが強いか知りたいだろ?」

「別に知りたくないけど。僕の方が強いし」

「自分自身の調子を知りたいだろ?!」

「別に知りたくないけど。公式戦と違うし」


 ズーンと気落ちして壁に向かって三角座りする須磨。まるで大切なおもちゃをなくしてしまった子供のようだ。

 それを見てため息混じりに宅井は言う。

「勝負しよっか」

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