第6話:第2章④練習試合③
「大丈夫?」
男子は須磨に駆け寄った。
「大丈夫だ」
そういった須磨の左眉毛付近からは血が出ていた。それは赤い噴水のように目のくぼみに液体を溜めるものだった。
「大丈夫じゃないよ。保健室に行かないと」
そう言う男子は須磨の腕を引っ張って連れて行こうとしたが須磨は石像のように微塵も動かなかった。それを見て佐藤は悪い笑い声を出した。
「はっはっは。別に保険室に行ってもいいぞ。ただ、そうなると俺の勝ちだな」
そう言うと、再び佐藤は悪い顔で笑い始めた。
「そんな。怪我しているんですよ?」
男子は悲痛の声。
「そんなの関係ないね。不戦敗は不戦敗さ」
「保健室に行ってから再戦したらいいじゃないですか」
「やだね。めんどくさい」
「卑怯ですよ」
「あー?先輩に舐めた口聞くなよ」
眉をひそめる佐藤に声を潜める男子。
「いいぜ。続きやろう」
そこに割って入ったのは、須磨だった。左目は血を入れないために閉じていた。
「そんな、だめだよ」
「君は黙ってろ」
そう言うと、須磨は手で男子を後ろに押した。
「お前、ガッツあるな」
佐藤は顎を上げながら須磨を見下ろしていた。
「先輩、あんたもな、わざとラケットを投げつけるなんて」
「なんのことかな?」
佐藤は眉をピクリと動かした。
「本当にガッツあるねー、先輩」
「いくぞ。9―8だ」
そう言うと、佐藤はサーブを打った。須磨は空振った。
「どうしたどうした?当たってねぇぞ」
佐藤はヤジった。
「やっぱり無理だよー。片目じゃ無理だよ」
男子は心配そうに言った。
須磨は無言に片目で佐藤を見ていた。
「10―8だ。さて、次はお前のサーブだ。せいぜい空振るなよ」
煽る佐藤。
「わかってるよ」
「わかってると思うが、次に俺にポイントが入ったら、お前の負けだ」
「そりゃそうだろ。宅急は11点先取だ」
「わかっているのなら、さっさとサーブを打たんかい」
そう威嚇するする佐藤に、須磨は低くボールを上げてサーブした。ポンポンと軽くボールが跳ねていった。
「なんだ、そのへなちょこサーブは」
佐藤は須磨のサーブを返した。佐藤から見にくい左の方向に。
「あぁ。ひどい」
と男子が悲鳴を上げたとともに、打球がうねりを上げた。
パン!
ボールは佐藤の後ろに転がっていた。
「10―9。今度は空振らなかったぜ」
須磨はスマートに返した。
佐藤は鼻息が荒くなった。
「おまえ、さっきはわざと空振ったのか?」
「いいや。違うね。本気で空振ったのさ」
この言葉の返しも須磨はスマートだった。
「だったら、なぜ」
「一球当てたからさ。サーブでボールを当てに行って距離感を掴んだのさ。あとは、いつも通り。というか、あんたのことだから見えにくい左側を狙ってくるのはわかりきっていたのさ」
須磨はラケットで台の左側を軽く叩いた。
「一球でだと?そんな馬鹿な」
佐藤は信じられないといった引きつった顔だった。
「では、次行くぞ」
須磨はボールを高く上げた。
「何?高くだと?」
パン!
「どうだ?10―10だ。追いついたぜ」
そう言って須磨はラケットの先を佐藤に向けた。
「そんな、そんなことが」
佐藤はクマと対峙したかのように芯から震えていた。
「おい、さっさとサーブしろ。こっちは早く2本先取して終わらしたいんだ」
10―10になったらデュースといわれる状態になり、11点目をとったら勝ちではなく、2点差をつける必要が出てくる。ちなみに、サーブは1本ずつ交代だ。
追い詰められた佐藤は、ぜぇぜぇと呼吸をしながら先ほどのラケット顔面投げを思い出していた。
「だったら」
佐藤は悪い顔でサーブをゆるく打った。須磨は打とうとした。
が、須磨は勢いよく台の下に姿を伏せた。そして、その上を佐藤のラケットが飛んでいく。
「なっ!」
佐藤は絶句。
「そんなことだろうと思ったぜ!」
そう言い、須磨は足の裏から力をいれ、ふくらはぎに伝達し、屈伸を伸ばし姿を見せた。そして、ボールを打つ。
パン!
「10―11だぜ。次は俺のサーブだな」
そうボールを見せつける須磨。佐藤は死刑宣告を突きつけられた者のように絶望的な色のない顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます