第8章 覚醒(3)

 気が付くと朝になっていた。寝返りがうてていないせいか、体中が痛い。だがその感覚は同時に、体の自由が戻りつつあるのだという証拠でもあった。試してみるとかろうじて指先と腕程度は動かすことができる。しばらく指をならしていると、聞き覚えのあるアラームがなった。


 扉の方を見ると、またあの男が二人立っていた。俺はうんざりした。また薬を飲まされて体が動かないまま、気付いたら明日を迎えることになるのだろうか。


 その時だった。俺は男のポケットに銀色に光る器具を見つけた。背の高い男のポケットにあるそれは、長さからおそらく医療用メスだとわかる。しかし何故、男はそんなものを患者の部屋に持ってくるのか。だが今の俺にはそれでさえ幸運に思えた。


 これで死ねる。太った男は昨日と変わらず薬を突き付けてきた。俺はその薬を受け取ると即座に太った男に投げつけた。かろうじてそのくらい腕は動く。太った男が予備の薬を出そうとしているのを確認すると、俺は両手をできる限り動かして暴れる。すると予想通り背の高い男が押さえつけに来た。今しかない、と思った。すかさず右手を男のポケットに滑り込ませメスを抜き取る。俺はそのまま自分の喉に突き立てた。


 痛みは一瞬だった。浩二も同じだったのだろうか。


 痛みすら感じなくなると今度は首筋に生ぬるい液体が伝う感覚があった。体がやけにだるい。だんだんと思考も鈍ってきて、体も動かなくなってゆく。眠い。寝たら死ぬのだろうか。それは安らかな感覚だった。死ぬってこんなにも簡単で楽なことだったのかと驚きさえ感じるほどに。


 ただ心残りがあるとすれば瀬奈のことだろうか。どうか、どうか彼女だけは生き残ってほしい。せめて俺の命の代わりに、一パーセントと言われた奇跡が起こってください、と神に祈った。眠い。もう考えられることはそれだけだった。


* * * * * * * * * * * * * * *


「何があった。覚醒した能力は何なんだ。何故、柏木瀬奈は目を覚ましている」


外が騒がしい。だが何故騒がしいと理解しているのか。少なくとも死んでも聴覚というものがあるとわかった。が、次の瞬間腕に何かが触る感覚があった。俺には腕がある。ただ、ついさっきまでと同じようにだるいことに変わりはない。


「リク。ねぇ、リク!」


声が聞こえる。懐かしい声。―瀬奈だ。


「瀬奈?なんで……気が付いたの?」


一パーセントの奇跡はおきたのだろうか。


「リク、よく聞いて。とにかく今は逃げないと。殺される」


言っていることがうまく理解できなかった。俺はついさっき死んだはずだ。


「早くして。リク、あなたも私と同じ。能力者としてよみがえったの」


まだわからないことだらけだが、どうやら俺は一度死んだようだ。でなけれは「蘇った」などと言ったりはしないだろう。


「急げ、覚醒した能力は相当強力な反応だ。それに最強クラスの能力者も目を覚ましている。すぐに対能力者部隊は突撃だ。発砲許可も下りている」


外から怒鳴り声と足音が聞こえてくる。


「急いで。もう気付かれてる」


瀬奈は俺をせかした。


「わかった。でもどこに逃げるんだ?」


そう俺が聞き返したのが先か、爆音がなったのが先か、扉が吹き飛ぶのが見えた。だがそこにいたのはライフルもった大人ではなく、少年と、「柏木瀬奈」だった。

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