第8章 覚醒(2)
病室には、静かに寝息を立てる瀬奈がいた。なぜかカーテンがかかっていなかった。ぼーっと瀬奈のことを見つめていると、背後でアラームの音が鳴っていることに気が付いた。七時を回ったところか。朝食の時間である。看護婦が入ってきて瀬奈を囲んだ。俺のもとにも食事を運ぶ荷台とともに看護婦がやってきた。また不味い飯が目前にならぶ。しかし毎日のように購買へ行くわけにもいかない。仕方なしに俺は箸をとった。
しばらくして、朝飯も食べ終わったころ、やたらといかつい男が二人ほどやってきた。彼らも医師なのだろうか。片方はやけに背が高く、もう片方は少し太り気味だ。
「お前は、神城か」
背の高い方の男がしわがれた声で俺に話しかける。俺はそうだとうなずいた。
「薬の時間だね。これを飲むんだね」
太った男が特徴的な話し方で俺に薬を差し出してくる。なぜ病人でもない俺が薬を飲まなければならないのか。
「何故俺が薬を飲まなきゃならないんだ?」
まっとうな質問だろう。しかし男たちはまるで答える気がないかのように首を振ると、その薬を俺におしつけてくる。―と次の瞬間、わき腹に焼けるような痛みが走った。殴られたのだと理解するまでにしばらく時間がかかった。息ができない。いくら酸素を求めても口はパクパクと開閉するだけである。そこに冷たい感触が流れ込む。薬だ。そう気が付いた時には遅かった。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
気が付いたのは夕方だった。部屋中が夕日で赤く照らされている。瀬奈はどうしたか。彼女の方を見ようとして気が付く。体が動かない。正確には首から下の感覚が遮断されているに近い。ただ、膝がしびれたのと似た感覚であることから、かろうじてそこに動くべき部位が存在するのだとわかる。おそらくは薬のせいだろう。もし頸椎の損傷があるのなら、首が固定されるなり処置がされているはずだ。
ただ天井を眺めていることしか許されないというのがここまで苦痛だとは思わなかった。無機質な天井に浮かぶ影が、それは様々なものに見えてくる。俺はこれからこんな生活をしなければならないのか。これはいつまで続くのか。そもそも何故こんな扱いをされているのか。
今考えれば当たり前のことである。精神に障害を負った殺人犯ともなれば、身柄を拘束されるのが普通であることくらい容易に予想がつく。だがこうなってしまった以上、瀬奈のことを眺めることすらできなくなったのである。生きている価値さえ見失ったように感じる。浩二、瀬奈、そして今自分までも失おうとしている。でもなぜか、それに恐怖は感じなかった。
死にたい。そう思った。どうせこの先一生体は動かぬまま、瀬奈も起きぬまま死んでいくのだ。ならば今死んだって変わりはない。むしろ死ねば楽になれるのではないかとさえ思う。だが現実はそううまくはいかぬものである。今の俺には死ぬことさえ許されてはいないのだ。せめてそのチャンスくらい―。俺はその後も延々同じことを考えたが答えは出ぬまま、再び眠りに落ちていった。
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