第8章 覚醒(1)

 目が覚めるとそこには知らない天井が広がっていた。当たり前だ。ここは病院なのだ。ひどく嫌な夢を見た気がする。それは起きない瀬奈を見てしまったからなのか。このまま瀬奈が起きないとしたら俺はどうしたらいいのだろう。つい先ほど浩二を失ったのだ。しかも自分自身の手で殺したのだ。朝はどうしても鬱な気分になってしまう。気分転換をしようと俺は部屋をでた。


 昨日の夜通ったばかりの廊下を散歩する。昨日は気付かなかったが、購買へ向かう途中の廊下の右手に、屋上へ続く階段があったのだ。怖い、そう感じた。別に病院だからとか、高いからとかそういうのではない。屋上、という存在が怖いのだ。もう二度と行きたくないと思った。


 廊下の突き当りに自販機があることは昨日購買に行くときに把握していた。俺はそこに行ってコーヒーでも買うことにした。事実、この病院からは出られないので、購買が開いていない今、やることと言ったらそのくらいしかなかったのだが。硬貨を入れてコーヒーのボタンを押す。当たった試しのないルーレットは、ありきたりな四桁の数字を示していた。この時俺はまだ、これが最後の「正当な」くじ引きになるとは知るはずもない。


 コーヒーを片手でもってあてもなく散歩していると、見慣れない服を着た医師が窓口で話し込んでいることに気が付いた。見慣れないというのも、白衣を着ているわけではなく、どこぞの研究所とかかれた服を着ているからである。


ではなぜ医師だとわかったかというと、その人の左胸にそれと書かれた名札がついていたからである。医師は何やらカルテのようなものを見せながら真剣に話し込んでいた。俺はやることもなかったので、近くの椅子に座り、コーヒーを飲むことにした。ふと聞こえてきた名前、それは偶然か。


「そうだ。その、柏木瀬奈という対象だが、目を覚ます確率はあるのかね?」


その医師は瀬奈を「対象」といった。異常なほどの違和感のあるその言葉に、受付嬢は当たり前のようにうなずいた。俺は何かある、と思った。


「担当者によるとまず覚醒はあり得ないとのことです」


「全く使えんやつだな。まぁ構わん。代用品の完成も近い」


何を言っているのか分からない。代用品、といったか。彼らはいったい何の話をしているのだろう。これではまるで、瀬奈がモノのようではないか。


「もう一度確認するよ。本当に対象の覚醒確率は1%を切っているんだね?」


「ええ。柏木瀬奈が目を覚ますことはまずありえないでしょう」


聞こえてしまった。さっきも聞いてはいたが、数字までは言ってはいなかった。瀬奈は起きない。さっきまではどこか、あの看護婦が間違っているのでは、という希望があった。だが、今先ほどその希望も打ち砕かれた。空になった缶をゴミ箱に放り投げると、俺は独り病室へ戻った。

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