第7章 決意(2)
少ししてトオルの呼ぶ声が聞こえた。
「おーい。ごはんできたよ」
私は食卓に着いた。だが気分も乗らずあまり食欲もない。ごはんを食べても不安の味しかしなかった。食事をしながらふと思う。何故こんなにも事件に興味を惹かれるのか。危険だと言われても研究者の住処へ行きたいと思うのか。きっと消えた記憶のなかにその答えはあるのだろう。
ということは、だ。あのとき凛さんが言っていた、記憶を「意図的」消された可能性。それが今までよりずっと現実味を帯びてきたきがする。私は事件に関係していた―。その可能性が否定できないと思ったとたん今までにない恐怖が襲ってきた。私の力を使って何ができるのか。もし人を殺すことができるのだとしたら。
「おい、どうした。さっきから上の空だぞ」
どうやらぼーっとしていたようだ。
「い、いえ、少し考え事をしていたもので」
私はその不安を悟られぬよう、そっけない返事を返した。
「そうだトオル。あの資料をもってきてくれ」
凛さんはトオルに指示した。トオルは階段を駆け上がると、ほどなくしてホチキスで留められた資料を持ってきた。
「これが研究施設のが概要だ。トオルも目を通しておけ」
凛さんに渡された資料は嫌に重かった。
食事が終わると借りている空き部屋へ戻った。借りた部屋なのだが、半ば自分の部屋と化している。その部屋の隅にある机に座りさっき渡された資料を広げてみる。「AH総合病院」と書かれたタイトルを見ると、何故だか頭の奥がジーンと痛いような気がした。やはりこれから行くところに私の過去が隠されているのだろうか。期待を込めて資料を読み始めた。
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「AH総合病院おける私的見解」藍沢凛
東京に存在する大型の総合病院。内科から整形外科までさまざまな科を有す都内でも有数の病院である。この病院には多くの研究者も所属しており、医療関連の研究をしている。
以上が世間一般に公表されているAH総合病院の概要である。しかし、私はこの概要に対し、反論を述べる。私はこの施設では医療のみならず、能力者、またそれに準ずるものの研究が行われていると推測する。その根拠を以下に示す。根拠は大きく分けて二つである。
まず、敷地面積であるが、東京都庁に申請されているものと航空写真から測量したものを比較すると数百平方メートルほど実際の施設の方が広いことが確認されている。また、地下空間におけるレーダー調査の結果、施設側の申請では存在しないはずの空間が存在することも確認されている。以上が一つ目の根拠である。
また、この病院には、私の把握する限り数十人の能力者である患者が入院した形跡がある。しかし、うち退院したことが確認されているのはわずか五人である。すなわち退院できなかった者は研究に使用されていると推測する。これが二つ目の根拠である。
以上の理由から、私はAH総合病院について調査することが必要だと考える。
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その資料にはこの文献のほかに、敷地面積に関するデータや、患者のデータなどが添えられていた。主に病気や怪我で入院した人物のものであるが、その中に原因がはっきりと書かれていないものが少なからず見当たる。おそらくはこれが能力者なのであろう。もし自分がこの病院を受診していたら、今頃この患者たちと同じように原因不明で入院させられていたのだろうか。そう考えてみた。だが、恐怖以上に興味がわいてくるのがわかった。
「行かせてください」
私は気付くとそう凛さんに言っていた。自分の中では、行きたい、どころではなく、行かなきゃ、という感情へ変化していた。
「そうか。わかった」
凛さんはそう静かに言うと食卓を後にした。明後日、何かがおこる。ただで帰って来られる気はしなかった。
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