第6章 柏木瀬奈(2)

 あの日俺に異能力を見せつけ、それ以来失踪していた張本人である。気付くと俺はベッドに駆け寄っていた。そこには静かに眠る瀬奈がいた。時折苦しそうな表情をすることから生きていることはわかる。


「ちょっと、神城さん?勝手に他人のベッドを覗かないでもらえます?」


看護婦に追い返される。だがそう簡単に引き下がるわけにもいかないのだ。ずっと会いたいと思っていた。やっと会えたのに。なのに――。口惜しさと混乱から俺は、その場でしばらくぼーっとしていたことを覚えている。


 しばらくして看護婦たちは部屋から出て行った。先ほどの若い看護婦だけは残ってまだ作業をしている。その様子を俺は眺めていた。瀬奈に何があったのだろうか。と、その時だった。看護婦と目が合ったのだ。彼女は俺に微笑みかけると、こちらへ歩いて来た。


「神城君だっけ?君、この子のお知り合い?」


さっき俺を追い返した看護婦と比べ、圧倒的なやさしさを感じる。俺はこの人になら話してみてもいいかな、と思えた。


「はい。知り合いというか、友達です。同じ高校で。少し前から学校で見かけなくて心配してたんです」


看護婦は少しうつむいたようにして口を開いた。


「そう……。あのね、本当はあんまり患者さんのこと話しちゃいけないんだけどね。特にさっきの看護婦さんいたでしょ?あの人なんかは頭が固いから絶対許してくれないんだけど。でも君、瀬奈さんのこと知りたいでしょ?」


当たり前だ。俺はずっと瀬奈のことを探していたのだから。


「はい。それで、瀬奈に何があったんです?」


俺は問いかける。浩二を失った今、これ以上友達がいなくなるのは見たくない。


「細かいことは私も知らされていないけど、精神的な要因で意識を失っているらしいの。担当の先生によればずっと夢を見ているそうよ。最近苦しそうな表情をすることが多いから、悪夢でも見てないといいんだけど」


夢か。幸せな夢だといいな。そんなことを想ってみる。だがしかし、たとえ幸せな夢だったとして、瀬奈が目を覚ますわけではない。


「そうですか。それで、瀬奈はちゃんと目を覚ますんですよね?一生このままだなんて言いませんよね?」


もし、もしも、瀬奈が二度と目を覚まさないなんてことがあったら。浩二も瀬奈も失うことになる。そうしたら俺はこの先どうやって生きていったらいい?答えを聞くのが怖くて、看護婦さんの顔を見ることができなかった。


「落ち着いて聞いてね。正直とっても言いづらいんだけど、瀬奈さんが目を覚ますことはないわ。奇跡でもおきないかぎりはね……」


「そう……ですか。分かりました」


瀬奈はもう起きない。二度と俺と会話してくれることはない。せめて、この想いくらい伝えさせてくれたっていいのに――。運命は残酷だと思った。


浩二のことだってそうだ。あの時浩二にぶつかる確率は何パーセントあったのだろう。あの広い屋上の上のたった一点、それも浩二の立っていた場所へ俺が走り寄る確率はどのくらいあったのだろう。今となってはもう考えても遅いことである。―いや、まだだ、と思った。瀬奈は死んではいない。たとえ一パーセントだとしても可能性はある。そう信じて自分のベッドへ戻った。

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