第6章 柏木瀬奈(1)
夕食は病院側から提供されるわけだが、予想どおり不味い。先ほどからはしが進んでいないのもそのためだ。病院の飯はこんなにも不味かっただろうか。調味料や素材に問題があるのではない。もっと根本的な何か、言ってしまえば薬の味がするのだ。俺は早々にこの飯を食うことをあきらめた。
廊下は夜でも明るくなっていた。夜の病院というと怖いイメージがあるが案外そうでもない。むしろ清潔感があって心地よいくらいだ。一階に降りて購買を探す。どうやら受付のそばにあるようですぐに見つかった。購買にはおにぎりやパン、飲み物なんかが売っていた。特にこれと言って食べたいものがあるわけでもない俺は、適当におにぎりをいくつか取ってレジへ向かった。
再び部屋の前の廊下に立ったわけだが、何やら少し嫌な感じを受ける。相変わらず無機質な明かりはここが病院であると脳に訴えかける。中に入ると看護婦が数人集まって何かをしているころだった。いやな感じ、というよりは人の気配だったのだろう。
どうやら隣のベッドの少女の世話をしているようだ。俺がそっとドアを閉めると看護婦の一人(おそらく一番若いであろう)が驚いたようなそぶりを見せた。―とその時彼女の手からカルテが滑り落ちた。
よほどここの床はきれいに掃除されているのか、そのカルテは俺の足元まで滑ってきた。手を伸ばしてそのカルテを拾い、看護婦のもとへ駆け寄る。個人情報なのだからあまり深く読んではならないとは思ったのだが、隣にいる寝たきりの少女に興味(むろん変な意味ではない)がわかないと言ったら嘘になる。俺はそっとカルテを裏返して名前を見てみた。
その名前を見てからことを認識するまでに数分がかかった。いや、数分に感じているだけで実際は数秒なのかもしれない。そこに書いてあった名前。見間違えない名前。―柏木瀬奈。
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