第3章 血濡れの十字架(3)

 その後もいくつか店を回り日が暮れたころ、私たちは家へついた。玄関を上がるとトオルがテレビを見ていた。アナウンサーが相変わらず無機質な調子でニュースを読み上げている。


『本日午後零時過ぎ、私立飯野高等学校で極めて不可解な事件が発生しました。この事件によって精神に異常をきたしたと思われる十七歳の少年が確保されたとのことです。現場には不自然に十字架の形を描くように血痕が広がっており、学校の職員、生徒からはドシャっという音がしたという情報が寄せられています。警察は殺人の可能性もあるとして調べを進めていますが、未だ遺体は発見されておらず、捜査は難航しております』


 どうやらまた事件が起きたようだ。やはり一連の事件と言っていただけあって何か関連があるのだろうか。それについて尋ねようと凛さんの方を向くと立ちすくむ彼女がそこにいた。


「ビンゴだ、トオル!やはり被害者は能力者だ。おい、瀬奈、こっちへ来い。面白い話をしてやる」


そう言って連れてこられたのはあのモニターの部屋だった。昨日のように椅子に腰かけると凛さんはあの厨二病感満載の十字架をもって現れた。


「これは能力者と非常にかかわりの深い十字架だ。これはあくまで研究のためのレプリカだが本来これは能力の源となっているものだ。それ故に能力者が能力を使うとロストクロシーズと呼ばれる十字架の跡が残る。これは非常に小さく見つけにくいうえしばらくすると消えてしまう。しかし今回現れたのはデッドリークロスと呼ばれるものだ。能力者が死亡または能力を失うほどの力を使ったときにあらわれる」


言っていることがいまいちわからない。十字架の模様は能力者が能力を使った証ということだろうか。ここで後ろに立っていたトオルが口をはさんだ。


「凛さん、そもそも能力者って何なのかを説明した方がよくない?」


「確かにそうだな。説明しよう」


私は唾をのんだ。ただ事ではないことくらい私にもわかる。もう能力者がいるかどうか疑う思いなんてなかった。それに何故だが、これを追っていけば過去の自分にたどりつける気がするのだ。記憶を失う前の自分に。私の目を見据えると、凛さんはゆっくりと話し始めた。




「そもそも能力というのは一度死んだはずの人間に与えられる。しかも生に対する強い執着があり、何か強い望みのある人間にな。

 例を挙げた方が早いだろう。あくまでこれは昔手に入れた資料だが、[劣化複製]と呼ばれる能力の使い手がいてな。そいつは能力者の研究室に監禁されていた。能力者候補として。

 そう、候補であるから当時はまだ覚醒していない無能力者だ。研究員はそんな彼を覚醒させるべく死ぬ直前まで傷つけた。一方能力者として覚醒した者たちはモルモットとなっていたのだがな。そんなことを知らぬ彼は覚醒すれば開放されると信じていた。また家族と笑いあえると信じていた。そして覚醒することを祈りながらついにある日息絶えた。

 その時彼は覚醒した。他人の能力を一時的にコピーする能力がな。能力への強い執着から生まれたその能力は、本人の意志とは無関係な能力も備えていた。それはどんな能力でもそうだ。薬の副作用みたいなものだと考えてくれ。

 彼の場合、自分の能力を失うことで一度だけ他人の能力を奪う、すなわち相手の能力を無効化し、自分の能力をそれと同一にするというものだった。

 我々はこのように望まない方の力を『リバース』と呼んでいる。彼の場合異常に強力なリバースを有していたがほとんどの場合そうではない。だが、強力すぎるがゆえに彼が悲惨な未来をたどることとなったのは間違いない。

 今彼がどこで何をしているか知る者はいない。生きているかさえ謎だ」




話の八割は理解できなかったが、恐ろしい話だということはひしひしと伝わった。能力を持っていると知られただけで一生家族とは会えなくなってしまうのだ。


 その後凛さんは十字架と能力の関係も話してくれた。どうやらあの十字架は能力者の深層心理のなかに存在し、より上位の次元と接続されているらしい。三次元の世界では二次元、つまりは紙とかを自由に切ったり折ったりできるように、彼らはより上位の次元から三次元をいじっているようなものなのだそうだ。ただ、話についていくのが精いっぱいで、その意味するところは正直理解できていないが。


 若干話に置いていかれている私に、凛さんは明日事件現場へ向かうと言った。警察にも知り合いがいてなんとか頼めば通してくれるそうだ。予想通りこの人はすごい人のようだ。私は一つの思いを感じた。ついていきたい。何か私の過去の手がかりがある気がする。行かなくちゃ。


 その後夕飯やふろを済ませた私は、布団に入って一息ついていてふと思った。異能力やなんやと、なんだか夢のようだと。ましてやこの不思議なまでの使命感にかられる感覚、これも夢に似ていると。でももしこれが夢だとしたら、いつそれは覚めるのだろうか。そんな不可思議な考えが浮かんでくる。だが、過去の私が思い出せない以上、夢でないとも言い切れない。そんな気がした。

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