第4章 不可視という名の力(1)

 背後で警察がカリカリと何かを書く音がする。現場検証だろう。空から鳥の鳴き声が降ってくる。何故空はこんなにも青いのだろう。校庭には赤く大きな十字架が現れている。美しいほどの紅だ。俺はぼーっと屋上の床を見つめてみる。人を殺すってこんな感覚だったのかと思う。案外大したことはない。一瞬だ。命なんてそんなもんだ。後ろに立つ警察だって突き落とせば死ぬんだ。やってみようか。すでに一人殺したんだ。もう一人くらいいたくもかゆくもない。空を見上げる。なんて青い空だ。背後で警察が現場検証をしている。もう一人殺してみようか。死ぬ。楽しい。楽しい?わからない。時間だけが過ぎていく。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「おい、大丈夫か」


警察の一言で目が覚めた。俺は今まで何をしていたのだろう。自暴自棄にでもなっていたのだろうか。


「君はなぜここに?何か目撃していないかい?」


まて、不自然だ。犯人は俺しかいないだろう。それにまずは浩二君の友人か、と訊くのがふつうではないのか。


「君?聞こえてる?」


なにが起ころうと浩二を殺した事実は変わらない。


「そんなつもりじゃなかった。浩二を殺そうなんて思ってなかった。あいつが突然現れて」


そうだ。その通りだ。事実だけを話せばいい。


「さっきから見ていて思うけど、君はだいぶ混乱しているようだ。一度警察へきて落ち着こう」


言っていることが理解できない。浩二は今頃どこにいるのだろう。


「とにかく浩二は死んだんですよ」


俺は警察に怒鳴る。しかし警察は困った顔をしている。


「神城君だったかな?君は自分が浩二君だったか?その子を殺したと言っているが、今のところ誰の遺体も見つかっていないんだよ」


見つかっていない。理解ができない。つい先俺が突き落としたじゃないか。警察は何を言っているんだ。そこへ一人の中年刑事がやってきた。


「神城陸斗君だね?私は捜査一課の渡辺という者だ。今の話を聞いていて少し興味深いと思っていてね。少し話を聞かせてくれないか」


この人は何者だ。この人が現れたとたん現場はしんと静まり返ってひそひそ話声が聞こえるようになった。


「あ、はい。わかりました」


仕方なく渡辺刑事についていく。警察車両に乗せられると渡辺刑事は予想もしない言葉を発した。


「君は異能力とか超能力とかってものを信じるかい?」


「へ?」


唐突過ぎておかしな返事になってしまった。信じるも信じないもない。俺はこの目で見ているのだ。彼女が起こした異能としか言いようのない現象を。


「ええ。信じますけど。それが事件に関係あるんですか?そもそも警察に能力が、などと言ったところでまさか信じるわけじゃないでしょう」


渡辺刑事はやさしい笑みを浮かべた。よくわからない人だ。


「それがね、そのまさかなんだよ。私は警察の人間だが異能力というものを信じている。知り合いにその手の研究者がいてね。まぁ、そのせいで私は捜査一課では異端児扱いだが、腕は悪くないぞ?」


「自分で腕がいいって言ってしまうのはどうかと思いますけど」


俺はいつの間にか打ち解け始めていた。不思議だ。ほかの刑事には話す気なんてなかったのに彼にならすべてを話していいと思える。そう思っていると渡辺刑事はさらに突拍子もないことを言い出した。


「私はね、今回の事件の被害者は能力者だと思っているんだよ。それも人一人を存在ごと消してしまえるような強力な能力の持ち主だ」


ということは浩二が能力者だったということだろうか。渡辺刑事はさらに話を続ける。


「今学校に問い合わせてみたが、私の予想通りのことが起きていたよ。この学校には浩二という名前の生徒はいない。入学さえしていない」


いない、だと。だとしたら、今まで俺が過ごしてきた時間はいったいなんだったんだ。全部夢だとでもいうのか。


「嘘だ――」


気付くと俺はそう口にしていた。

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