第2章 回り始める歯車(2)

再びチャイムがなり、昼休みになったことを告げる。俺は購買にパンを買いに行こうと教室をでた。すると顔色を変えて走っていく浩二が目に入った。どうせ腹でも壊したのだろう。あとでからかってやるか。そう思い購買へ向かった。


 購買へ着くと予想もしない大事件が起きた。なんと俺のお気に入りの焼きそばパンとコロッケパンが売り切れていたのだ。これは死活問題である。仕方なく味のないコッペパンをやけ買いして教室へ帰ることにした。


 教室に帰る途中背後から声をかけられた。


「おい神城……。死ね」


俺が振り返ると真顔で、何の感情のない目で浩二が俺にそう言い放った。俺が答える隙も与えず浩二は走り出す。あの方向、きっと屋上に向かっている。きっと今のは悪い冗談でいつも通り屋上で飯を食べるつもりなのだ。そう言い聞かせてすぐさま俺も階段を駆け上がった。


 ―が、数秒前に踊り場を曲がったばかりのはずの浩二が見当たらない。さすがに影が薄くともそこまでではないだろうと思いあたりを見回す。いない。見当たらないのだ。


 仕方なく階段を上がり屋上へ出る。そこには見知らぬ少年が立っていた。目は凍り付くように冷たく、恐ろしささえ感じる。少年は何もない空間をじっと見つめ、さらには何か話しかけている。怖い。だが同時に半端ではない興味が沸き上がってくる。少年は俺に気付いていない。チャンスだ。そう思い俺は静かに少年に近寄った。


 一歩一歩足を踏み出すたびに鼓動が激しくなっていくのがわかる。浩二はいまだ見当たらないが、今はそれどころではない。あの少年の不気味さに心を奪われてしまっている。少年まであと数歩というところまできて恐れていた事態が発生した。気付かれたのだ。少年はゆっくりとこちらを向く。そこにはあの冷たい目が―なかった。少年はにっこりと笑いこちらに近づいてくる。そして俺の目をしっかりと見て口を開いた。


「こんにちは。そんな顔で見ないでよ。確かに僕は不法侵入だけどさ。それにしても面白いね、君。気に入ったかも。また会える時を楽しみにしているよ」


そういうと少年はゆっくりと屋上から出ていった。追ってはならない気がした。少年が校庭を通って出ていくのではないかと屋上から下を見下ろそうと柵に近づく。この時に気が付けばよかったのだ。今から行こうとしている場所はつい先ほどまで少年が見つめていた空間だと。


 だがそれに気づくことはなく、小走りで柵へと向かった。―と、腕が何かに触れた。目の間に浩二が立っていた。とっさに止まろうとするがすぐには止まれない。浩二は俺に押されて前のめりになる。ようやく俺が止まった時には浩二の体の半分以上は柵の向こう側にあった。ゆっくりと浩二の体が落ちてゆく。


 さっきまで気付かなかった。少年は空間に話しかけていたのではない。浩二に話しかけていたのだ。そうに違いない。だが気付いても遅い。時が止まったようだ。浩二の手をつかもうとする。でもその手は届かなくて。浩二はどんどん加速していく。


 ドシャ、と嫌な音が響いた。浩二が死んだ。いや、俺が殺した。何故だ。さっきまでいなかったのに。突然現れて俺に突き落とされた。気付くと俺は泣きながら声にならない叫びをあげていた。

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