剣聖少女と剣(つるぎ)の精霊

渡貫とゐち

第1話


 ――日陰から出たことがないほどの白い肌、最低限の栄養だけを摂った細い肢体。


 肉を食べることにもうんと体力を使ってしまう病弱の少女がいた。


 彼女の名はプラム。

 プラム・ミラーベル。


 何度も読み終わっている本をまた開きながら、視線を落としていると…………、



 彼女の部屋の窓に、こつん、と小さな石が当たった。


 視線を上げた彼女が窓を開けると――、窓枠に足をかけたのは、十四歳の少年だ。



「よっ、プラム」


「クーくん!!」



 二階の窓なのだが、彼は木と壁を伝って上までやってきた。

 彼の腰には剣が差さっており――剣士の見習いだ。運動神経が良いのは稽古の賜物だろう。


 稽古終わり、彼はこうしてプラムに会いにきている。

 毎日の日課になっていた。


 家から出られないプラムのために……。

 昔から変わらない、幼馴染の関係性。


「今日の調子はどうだ?」


「元気なんだけどね……お母さんがまだ外に出るのはダメだって言うの」


「だろうなあ。おまえは大丈夫って言うけどさ、いま見ても顔が真っ青だぞ?」


 え、と戸惑いながら顔を触るプラム。


「だって、それはずっと部屋にいるからだし……」


 日に当たらなければ顔だって真っ青になるだろう。

 外の空気を吸うことは確かに大事だ、心の治療にも関係してくることでもある。


 だが、外の空気はまだしも、日光はプラムにとっては毒にもなり得る。毒は言い過ぎかもしれないが……少なくない体力を奪うのだ。


 自覚があるのがなによりだが、プラムは何度も外で倒れたことがある。


「このままわたしを攫えばいいのに……クーくんに期待、期待っ、わくわく」


「ばか。昔、それやって途中でおまえが倒れてさ……おまえの両親と、親父に大目玉を喰らったんだぞ。あれはマジでトラウマだ……。森の中で倒れたおまえ、息してなかったんだから……」


「あう、それはごめんなさい……」


 当時はまだ小さかったのだ。

 倒れたプラムを前にして、幼いクードはなにもしてやれなかった。


 子供の冒険心が起こした失敗だから……で、片づけてくれるプラムの親ではなく、さすがにそれから数か月は、「クードがプラムに会うこと」を禁止した。


 一生、近づくなと言われてもおかしくはなかったが、数か月にしてくれたあたり、プラムの両親もまだまだ甘い親だった。


 最終的にはこうして会えているのが証拠であり、問題なく友人関係は続いている。……会えないことでプラムが見て分かるほど衰弱していったからであり、親からしても苦肉の策だったことは容易に想像できた。


 正確に言うと、未だにクードとプラムの逢引は許されてはいなかった。……いないが、プラムの笑顔のためならば、と、親も見て見ぬふりをしているのだった。


「ねねっ、クーくん、今日はどんなお稽古をしたの?」

「見るか? おれの成果を自慢してやろう」


「見る見る! って、クーくんが見せたいだけでしょ?」

「それもあるけどな」


 窓から一階へ飛び降りたクードが、近くの木に向かって剣を構えた。

 剣、と言ってもそっくりに作られたレプリカだ。刃がないので木剣とそう変わらない。


 ただ、重さは本物と同様に作られている。これを振るだけでもかなり鍛えられるだろう。


 目の前の木、その表皮にはクードの剣による傷がいくつもあった。

 ここで稽古の成果をプラムに見せるのが約束であり、彼女とのコミュニケーションである。


「カッコいいクーくんが見たいなあ」


「……そうか?」


 その一言で肩に力が入る。……彼、見え見えの好意を隠したがるのは、クードの弱い部分だ。プラムが見せる好意は、隠す気がなく、もう見せているのだが。


 あとはお互いに、認め合うだけである。……しかし、クードの中にあるのだろう……どんな危険からもプラムを守れるような、立派な男になるまでは――と。


 一度の失敗が彼の中で大きな壁となっているのだ。


 それを取り除かなければ、期待する関係にはなれない……。ひとまず、彼は剣聖になることを目標にしている。ひとまずで最高位を目指すあたり、彼の目標が完璧に近いところにあるのが、関係性の進展を遠ざけている要因か。


 当然だが、まだまだ剣聖の足下にも及ばない。同じ土俵にさえ立てていないだろう……そんな状態でプラムを任せてください、とは、親には言えないわけで……。


 剣の腕が、まだまだ足りないのだ。


「見てろよ、プラム!」


「うんっ!」



 窓から見下ろすプラムの周囲が煌めいていた。

 光の反射、ではなく、そこにいるのだ。


 ――妖精。


 剣の精霊。彼、彼女たちはプラムにしか見えず、声も聞こえない。


「クーくん、上達してる?」


『ゆっくりだけどしてるわね。でもまだまだ……あー、あぁ、力が入り過ぎ。あんなんじゃ剣に振られてるだけよね。あ……もうっ、腕の力だけ剣を振ろうとしてる……あの子、ちゃんと師匠の教えを理解して実行してるのかしら……』


『プラム嬢の気を引きたい、カッコイイところを見せたい、が先行していて成果が出ていないな。あれで体が動きを覚えてしまうのはもったいない……。師匠が矯正するとは言え、今日の稽古が無駄になる可能性もある。……ちょいとプラム嬢、彼に助言をしてあげたらどうかな』


 一階に保管されている剣、その精霊たちが集まってくる。

 耳元にいる気配。

 耳打ちしてくるような感覚に、プラムはくすぐったさを覚えながらも、半分は慣れているので反応はしなかった。


 助言を……と言うけれど、剣の素人であるプラムが言ったところでクードに届くとは思えなかった。


『ばかね、あなたは”おばか”よプラム。あの子、プラムの言うことならうんうん聞くでしょ。あ、ちゃんと「そっちの方がカッコいいよクーくん大好き」まで言わないとダメだからね? じゃないと、あの子は反発すると思うから』


「それ、いいのかなあ……。クーくんの純粋な気持ちを利用してるみたいで心が痛いよ……」


『病弱を利用してわがままを言っているあなたが言う? 男の子のひとりくらい、手玉に取ってみなさいよ、女の子。その貧相な体じゃ無理でも、泣きそうな顔で上目遣いをすればあの子はなんでもしてくれるわよ、きっと』


「二階にいるわたしが上目遣いできるかな……」


『彼をもっと上まで誘導してあげればよかろう』


 いらぬ助言は聞き流しておいた。


 一応、剣についての助言はしておこうと思った。妖精たちの言葉を伝える――すると、クードは今日の稽古を思い出したようで、動きが格段に良くなっていった。

 途中から、プラムへ見せるよりも自分の復習のために動きを確認していたらしく、彼の顔つきが真剣になっていた。


 汗が滴る男の子。

 その横顔を見て……プラムがドキッとする。


「クーくん、立派になったなあ……」


『いや、あなたたちまだ十四歳でしょ』


 まだ、だけど……もう、でもある。

 もう十四歳だ。


 昔と比べたら……クードの肉体はたくましくなっており、そして綺麗だった。


 ……自分の体が貧相なのが、恥ずかしいし、悔しい。


「むう……小さいなあ……」


『あなたは食べないから栄養が胸にいかないのよ』


 食べられるものが限られているのだから仕方ない。

 と、言い訳するけれど……元々からそういう体質なのかもしれなかった。


 たとえ貧乳でも、クードは好きでいてくれるのかな、と不安になる……。


 妖精たちからすれば、いらぬ心配だ、と思うだろうが。




 ――プラムと妖精たちは昔からの仲である。

 随分とまあ、長い付き合いになってきたものだ。


 古い剣であれば、プラムが赤ん坊の頃から知っている。幼少期のプラムの遊び相手と言えば妖精だった。

 最初は、娘が宙を見て話しているので気味悪がっていた親だったが、妖精、という存在がきちんといるものだと知ってからは『そういうもの』であると受け入れていた。

 認めていたのだ……プラムには特殊な力があるのだと。


 そのせいか分からないが……プラムは生まれつき病弱だった。

 もちろん、医学的な証拠はなく、体質か、遺伝か……答えは未だに出ていない。


 剣の妖精と話すことができる――……もしも、だ。


 もしもその力が充分に発揮されていれば……、プラムは、もしかしたら――――



 剣聖ならぬ、剣精使いになれていたかもしれない。

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