第2話


 この世界では珍しくもなく、王国の騎士団、その元団員の声によって動き出した者たちがいた。復讐、そして人生逆転を胸に抱いた、有志による集まりが、盗賊だ。


 国の自業自得でもあるだろう……、不当な理由で国を追放された実力者が、世界の隅々で見られる、見て見ぬフリをされて苦しんできた生活苦の人間を束ねて、統率した。


 いつしか、その集団は盗賊と呼ばれるようになった――



 ある日のことだった。


 クードとプラムが住む村が、盗賊に襲撃されたのだ。


 時刻は、真昼間だった……。



 商人を名乗って村へ入ってきた盗賊が、油断した村人を殺した。


 悲鳴が連続する。

 軽々と人の命を奪い、空き家となった民家へ立ち入って金目のものを物色する。

 高値で売れそうなものは回収していき――……盗賊が手分けをすれば、村はあっという間に制圧されてしまうのだ。


 村を守る者たちは現在、稽古中である。

 近くの森へ入っていたのだ……だから、村の異変に気づくのが遅れてしまった。危険を知らせる笛を吹く人材がいても、行動する前に殺されてしまえば、もちろん異変は伝わらないのだ。


 偶然にしては出来過ぎている。


 つまり、稽古の時間を事前に調べていたのだろう。

 村の体制を知っている人間による襲撃だった。


 小さな村を制圧するのに事前準備を怠らないのは、用意周到なのか、元騎士団に在籍していたがゆえ、か……つまり、相手は一筋縄ではいかなさそうだ。



「師匠……村の方角が――」


 クードが気づいた。

 村の方角……、いや、村、だろう。


 燃えている……?


「ッ、村が襲われてるのか!? クード、いいや全員、村へ戻れ!!」


「――プラムッ!!」


 クードが剣を握り締めて走り出す。

 自分の家よりも、母親よりもまず先に。

 プラムの身を案じた。


 通い慣れた彼女の家の扉を蹴破る――と、知った顔である、プラムの母と医者がいた。

 ふたりは炎の中で倒れていた。


「おばさんッ!」


 プラムの母に駆け寄る。

 体を支えると、背中に回したクードの手が真っ赤に染まった。


 血が……多い。

 まだ息はある……だが、このままだと長くはないだろう。


「クー、ド……おねがい……プラム、を……っ」


 弱々しい声に、クードが歯噛みしながら答える。


「分かってる……ッ」


 遅れて入ってきた仲間に、倒れたふたりのことを任せて、クードは上を見た。


 二階……プラムが危ない!


 クードは階段を駆け上がり、プラムの部屋を開けた。


 そこには――――



 ベッドに倒れているプラムと、彼女に手を出そうとしている、盗賊の男がいた。


「……あん? おいおい、お楽しみってところで邪魔しやがって……、水を差すなよ、ガキが……ッ」


「て、メェ……ッッ!!」


 虚ろな目でベッドに倒れているプラムの服は、雑に引ん剥かれており、彼女の貧相な……しかし白く、綺麗な、色気がある半裸が見えた。


 あられもない姿を見て照れる余裕もなく、クードの頭に血が上る。


 まさに今、燃え広がっている部屋の中で、まだ幼い少女に手を出す汚い大人が目の前にいる。


 ……屈強な体。長い髪をひとまとめにしたむさ苦しい男と比べてしまえば、クードは男として比べものにならないくらいに貧弱だ。


 戦って勝負にならないことは誰の目にも明らかだった。


 クードが手にしているのは実のところ木剣であり、盗賊は斧を持っている……、武器による優位はまったくない。


 実力も――。



「確かにコイツはまだガキだが……が、実ったばかりの果実こそ至高だ。熟すのを待つ主義ではないんでな。綺麗な果実を一番最初に齧りたいと思う欲求が、悪だと言うのかよ? なあ? オマエも男なら気持ちが分かるだろ――なあ?」


「黙れよ……ッ、この外道がァ!!」


「吠えるならかかってこい。男なら、欲しいもんは力づくで奪ってこそだろ?」


 男の大きな手がプラムを掴み、床へ叩きつけた。


 小さく悲鳴を上げたプラムに気を取られていると、硬い、男の拳がクードの顔面を捉える。

 脳内に届く骨の音。

 一瞬、意識を持っていかれそうになったが……踏ん張った。


 なんとか意識を保ってはいるが……剣を落としてしまった。


「うぁ、しま、」


「オマエじゃ力不足だ。出直してこい」


 クードの胸倉を掴んだ男が、軽々と少年の体を窓の外へ放り投げる。


 ガラスの破砕音と共に、クードが宙を待って――地面に叩きつけられた。


 二階から落ちたクードが地面を転がり、近くの木にぶつかって勢いが止まる……体を起こそうとして、片腕に走る激痛……っ。


 折れている。


「ざ、けんな……ッッ」


 思い出すのはプラムの笑顔だ。

 さっき見た、怯えと苦痛に歪む顔じゃあ、ない!


 彼女の、貧相だが、それこそが魅力にもなっている体。

 それが、それが――あんな男に、好き勝手に汚されてたまるか……!


 まだ、力不足だということは分かっている……だが、だが――だ!!


 彼女を奪われてたまるか。


 嫌だ。


 あんなクズに――好きな女の子を取られたくなんかないんだッッ!!



「――きゃぁああああああああああっ!?!?」



 プラムの悲鳴が聞こえてきた。

 クードが家の中へ再び突入し、一階に置かれていた、手近な剣を手に取った。


 タルの中に詰め込まれていた剣たち、その一本だ。

 プラムの父の趣味で集められていた、価値があるのかないのか分からない――剣。


 この剣が、人を殺せるのかさえまだ分からない。


『許せない』


 ……ふと、聞こえた。


 だが、それだけで――その後、声は聞こえなかった。

 ただ、タルの中の剣たちが、一斉に震え出して…………そして。


「え?」


 刃が、上を向いた。

 クードが持つ剣も、まるで上へ引っ張られたように、手から離れていく。


「なん、だ……? なにが起こって――」


 剣たちが二階へ引っ張られていき――「あぎゃああッ!?」という野太い悲鳴があった。

 急いで二階へ向かったクードが見たのは……、


 八方から剣で串刺しにされていた、盗賊の姿だった。


 どんな力が働いたのか……剣が、意志を持って、プラムを守ったようにも見える。


「クー、くん……」


 床の上で、怯え、震えていたプラムが咳き込んだ後で、力尽きてしまう。

 慌てて駆け寄り確認すれば、息はある……、気絶しているだけだ。


 今にも倒壊しそうな家からプラムを救い出し――「あ、剣……」と振り返った時にはもう既に、絶命している盗賊の体に剣は刺さっていなかった。


 その後、倒れていた住人たちも集めて、近くの森へ移動させる。


 動ける人たちで協力し、炎を消火し……、

 盗賊たちはひとりの犠牲者を村に残し、金目のものを奪い取って逃げていった。


 被害は甚大だ。


 村は、壊滅したようなものだった。



 炎の中に残っていた男の死体。

 それを見た師匠が、クードに訊ねた。


「クードがやったのか?」

「いや、おれじゃない……剣が、勝手に……」


「勝手に、か……剣精使いがいたのか……?」

「剣聖?」

「いや、精霊の方の精だ」


 そう言われても、クードは首を傾げるしかできなかった。


「剣の声を聞き、剣を操ることができる者のことをそう呼ぶ……もしかして、お前がそうなのか……?」


「違う、おれじゃない。だから……たぶん…………プラムだよ」


 全身に火傷を負ったプラムは治療を受けている。

 元々病弱だったこともあり、治療が長引いているようだ。

 彼女は、まだ意識が戻っていなかった。


「そうか、プラムか……だから病弱か。……なるほど」


「は? 師匠、それどういう意味だよ?」


「神は天才に、手かせ足かせを付けたということだ」


 ――神は平等を望んだのだ。


 他者を圧倒する実力、能力を持って生まれた者は、同時になにかが欠けて生まれるとも言う。

 そうであるべきだ、という神の解釈だ。

 そうでなければ、人間世界で限られた人間が飛び抜けてしまう。ゆえに、盲目、隻腕、下半身麻痺、持病、などなど……先天的な欠点を背負うことで実力を拮抗させている。


 欠けた部分がなければ、その者は実力が飛び抜けることはないと言われている……、だからこそ、じゃあ、プラムは……。


 病弱という手かせ足かせがなければ、もしかしたら――――



「ああ、若い内から、剣聖になっていたかもしれないな……いいや、剣聖ではなく、剣精使いか」


「…………」


「もちろん、本人の努力は必要だが……――しかし、そんな努力さえも不要な『才能』を持って生まれていたとも言えるがな」



「天才、だから、」

 クードが拳を握り締める。

「――天才だから、飛び抜けないように、プラムは病気を抱えたのかよ……っ!」



 理屈は分かる。だが、苦しんでいる姿を隣で見続けてきたのだ。あんなプラムを見たら……じゃあ、才能なんていらなかったと言いたい。

 プラム自身がどう感じるかは分からないが、普通の幸せを掴んでほしかったと思う……いや、「おれが」



「おれが、幸せにしてやるんだ――」


 と。



「……なんで、プラムが苦しまなくちゃいけないんだ」


「手かせ足かせ。……それをはめられた天才が、他人の手で幸せになってはいけない、なんてルールはないだろう」


 師匠が、クードの背中を力強く叩いた。


 う、と怪我に響くが、クードが不満を漏らすことはなかった。


「凡人が天才を幸せにすることは不可能じゃないぞ、クード」


「……師匠……?」


「お前の役目だ。プラムが、剣聖になっていたかもしれない? あいつは天才だったんだ? ……だからどうした。それでお前の目標が変わるとでも?」


 ……そうだ。

 関係ないのだ。


 どんな才能を持っていようが、プラムはプラムである。

 だから――あの子の幸せは、おれが掴む。


 そう、彼女を絶対に守れる、剣聖に――「なってやる!!」



「師匠……強くなりてぇ」


「教えることはまだまだあるぞ。弱音を吐くなよ? ついてこい、新米剣士」


「はいッ!!」



 クードロック・バーモンド。


 後の剣聖であるが……、彼の動機は最初から最後まで、プラムという――たったひとりの初恋の少女のためである。




 ・・・ おわり

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剣聖少女と剣(つるぎ)の精霊 渡貫とゐち @josho

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