一の解 ……右に曲がった場合
第4話 犬神 壱
「まずは――右にでも行ってみるか」
という俺の選択に、
「まぁ、妥当なところだな」と淡。
なにが妥当なのか分からないが、
淡が言うのならば、そう感じたというのならば、そうなのだろう。
「右にはなにがある?」
「教室だったと思うが、普通の一年生のだな」
淡の言葉は嘘ではないだろう。道を進んでみると、知った場所だった。
未知の世界ではなく、いつも通りの風景を見て、こちらを選んで良かったと安心した。
階段を上って、よく知らない場所、下って、知らない場所――よりは全然いい。
「誰もいない……」
一番手前の教室――A組の教室を覗いた。
結果は予想していたもので、気配すらもない。
「そう簡単に見つかれば苦労はないと思うがな」
「けど別に、かくれんぼじゃないんだ。
鬼ごっこなんて、見つかって始まりみたいなものがあるだろう?」
淡は「ふっ」と笑う。むかつくなあ。
「鬼ごっこは見つかる前に色々と下準備が必要なものなんだよ。
もしやお前は、小学生中学生がわいわい集まって、楽しく低レベルにやるあの鬼ごっこ――と言いたくはないが、まぁ、ここはがまんして言うとしてだ……そのレベルの鬼ごっこだと思っているんじゃないか?」
思いきりそう思っていたんだけど。
なんだ、もしや俺が思い描いていた鬼ごっことは異なるものなのだろうか。
だとしたら、すげえやりたくない。逃げたい。帰りたい。
「罠を張り、騙して、
嘲笑うかのように鬼を見下して逃げる――それが鬼ごっこじゃないのか?」
「なんだその最悪な鬼ごっこ。やる気が削がれていく気分だ」
俺は溜息をつく。
「それに、逃げてる方はお前を狙ってくるんだぞ? 罠とか騙しというのは、必然的にお前への攻撃となっていく。命が危ないとは言わないが、さすがにあいつらもそこまではやらんだろう」
淡の言葉に説得力がない。
「命まで危ないのかよ……」
俺が諦めたように呟くと、
「そこまではやらんだろう」と淡。
だから説得力がないんだけど。
そんなどうでもいい、いや、内容的にはどうでもいいことではないのだが、いつものようなどうでもいいような会話をしながら、俺達はA組に続いてB組、C組、D組、と、教室内に誰かいないか確認していく。
「D組……もいねぇ。まさかはずれか? ということは、階段の上か下に行かなければならないのか……うわぁ、それは避けたいところだったな」
「おいおい。お前、この階に全員がいるとでも思っていたのか?」
少しくらいは。けれどそれも、一ミリほどの小さな希望でしかない。
こうだったらいいなーとか、そんな程度のものであって、たぶんこの階にはいないだろうとは俺も予測をつけていた。
それが当たっただけだ、覚悟など、とっくのとうにできている。
「仕方ねえ。ひとまず戻ってみるか」
ここから先は、部室のある廊下へ繋がっている。
なので一周したことになるのだから、ここから先に用事はない。
再確認という意味を込めて、来た道を引き返そうとした――瞬間だった。
「虚! 後ろだ!」
と、普段は大声など張り上げるタイプではない淡が、俺に向かって叫んできた。
後ろ? 俺は振り向いた――ということは、さっきまで俺が前方だと認識していた場所に、なにかがあるということ。
ばっと振り向いた時にはもう既に遅く、事態は猛スピードで進んでいた。
「よっしゃ獲ったぁああああああああああああああっっ!!」
耳を貫き、ぐりぐりと棒状のものを捻じり込まれたような痛みが走る。
慌てて耳を塞ごうとするが、両手、ついでに両足もがっちりとホールドされ、俺は地面に仰向けに固定されていた。
「あの、馬鹿……ッ」
と溜息をついてがっかりする淡を、偶然にも視界に捉えてしまった。
なんだか、がっかりされると心が痛むのだが、これは俺が悪いのだろうか?
そんなはずはない。そんな理不尽、あっていいはずない。
「ふんふふーん」
俺の体を仰向けに固定している銀髪少女はご機嫌らしく、ノリノリで鼻歌を歌っていた。
なんだか聞いたことがある曲だが、リズムだけで曲名が出てくるはずもなく、しかもどうでもいいことなので、俺の中にある検索機能を一旦閉じた。
「おい、鼻歌はいいから、まずは俺を固定しているその両手両足をどうにかしろ」
とにかく今は抗議だ。
「うん解くよー、溶けちゃうくらいに解いてみせるよー」
意味わからん。
「の前に……えいっ!」
と、俺の頭をぽんっと叩いた。
あ、負けた。
しかし全然、悔しくない。
「よし! これであたしの勝ちだよね! やったやったなにをしてもらおうかな――うっくんだしねえ、うんうん、色々とやりたいことあるから、すぐに来てくれる? 早く速く!」
矢継ぎ早に言われ、急かされる。
「分かったから落ち着けよ、肉なしの骨やるからさ」
俺が馬鹿にすると、
「そんなんで釣られるとでも思っているのか! いや、貰うけど!」
釣られまくってんじゃねぇか。
俺は銀髪の少女――
彼女も淡と同じ、しかし種類は別の妖怪だ。
確か……
どうでもいいことはすぐに忘れる俺としては、合っているかどうか、ものすごく不安であるが、しかし間違っていたところでなにか問題があるわけでもないので、別になんでもいい。
上半身は水玉模様のキャミソールを着ていて、下半身はデニムのパンツだった。
妖怪とは思えない程の現代適応能力だ。
少女というよりは少年という感じがする。
銀色の髪も淡のようなストレートではなく、ぼさぼさだが、それも意図的にやったかのように似合っていた。
「つーかどこ行くわけ? ここ教室なんだからどこにも――」
と俺はこの時、馬鹿だったのかもしれない。
かもしれない、ではなく、馬鹿だったと自信を持って言えるだろう。
世間一般や妖怪一般でも犬神というのが運動神経抜群で壁など張り付いて跳躍力も文句なしに強力だ――という認識なのかは知ったことではないので分からないが、それでも、少なくとも俺は四隅のことを知っている。
四隅の性格、運動神経、行動力、力、好きな物、嫌いな物。
どこかに出かける時は正直に玄関から行かず、窓から出入りしているくらい、知っていたはずなのだが。俺も記憶が少しおかしいのかもしれない。
やめろ放せこれ以上、俺に疲労を溜めるな――と言う暇もなく、俺の体は空中にあった。
もわぁっとした空気を全身に浴びながら、四隅が俺を空中で担ぐ。
「お、おう!?」
俺の悲鳴、格好悪いなあ。
「じゃあ、近くのショッピングモールへ、レッツゴー!」
楽しそうに、無邪気に笑う四隅に俺は問いかける。
「俺になにを頼むつもりだよ……」
問いにしては小さな呟き程度の音量だったのだが、
四隅はきちんと俺の言葉を聞いていたようだ。
「簡単なこと、ちょっくら遊びに行こうってわけ!
誰の邪魔も入らない、あたしとうっくんの二人きりでねー!」
「まぁ、いいけどな」
それくらいなら許容範囲だ。無茶なお願いごとをされるわけではなかったので、拍子抜けというか、なんだか腰が抜けてしまったように、自分の体が脱力している。
罰ゲームと言われる内容が、『二人きりでただ遊ぶ』というのは楽だ。
イージーモード過ぎて逆に怖いのだが、そんなこと気にすることもないだろう。
何か裏があるならあればいいし、ないならないでいい。俺はいつも通りに過ごすだけだ。
まあ、とりあえずは、
「……俺のことをうっくんと言うのだけはやめてくれないか? ぞくぞくする」
それを聞いた四隅が、俺の瞳をじっと見つめて――、
「いい意味で?」
もちろん、
「悪い意味で」
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