第158話 逆襲

 地面という天然のやすりを延々と這ってきたヴィズは、手も足も血の混じった泥でドス黒く染まっていた。


 経験則に基く状況把握能力。地球と一体化した隠密性。そしてローレンシアの陽動。数々の要素を重ね。

 彼女と彼女のライフルは敵の防衛陣地を30m以下の射程に収めた。


 その果てに彼女に残っていたのは、殺意や決意という人間性すら排した、無機質で精密な作戦遂行能力のみ。


 ヴィズが望んだ反撃の狼煙のように、白煙があたりに立ち込め、敵が退避の準備を始めていた。


「これじゃぁ、狙撃は厳しいな。となれば………」


 発煙弾からは汽車よろしく白煙を吹いている。人為的な戦場の霧に射線は遮られ、索敵も叶わない。この状況下で敵を見つけるにはより積極的な接近しかない。


「ばら撒いて祈れ。か」


 “ばら撒いて祈れ”は弾幕形成による面制圧と突撃を意味する。

 覚悟を決めたヴィズは、ハリウッド映画のアクションスターよろしく腰に銃を構え、勝敗は天に任せた。


 風景、白煙。視界は目まぐるしく移り変わり……そして接敵。


「サム! 敵襲だ————ッッ!!」


 敵側の接敵の反応に呼応するようにヴィズは引き金を引く。

 一連のバーストが、敵の背骨をなぞって、服を引き裂く。敵そのものがズタボロになるのを見た届けると、流れに任せもう1人を狙って腰を切る。

 

 敵は既に拳銃を抜きスライドを引く寸前。


 しかし、紙一重の利はヴィズ側にしぎ、引き金にかけられた指が勝利を確信した。

 

————————————————————


「ヴィィィズ! そいつを私に寄越せ!」


 発砲の瞬間、ローレンシアが2人の射線に割り込む。

 ヴィズのライフル弾はサマンサを無視して飛び去り、

 サマンサの放った拳銃弾は、ローレンシアが弾く。


「お前、なんのつもりだ!?」


 敵を仕留め損ねた上に危うく仲間を殺しかけたヴィズは、怒りと混乱を混ぜ込みながら怒鳴りつけた。

 が、怒号に対する返答を聞くより早くヴィズの視界は捻れるように歪み、同時に身体を不気味な浮遊感が包まれる。


「——!?」


 ローレンシアに足を払われ、斜面に投げ出されたと気がついたのはその数瞬後。


「ごめんね、ヴィズ。

 でも、骨肉の争いに部外者は要らないの」


 咄嗟に受け身をとったヴィズだが、砂の斜面が彼女をどん底まで引きずり下ろした。


————————————————————


 状況を狙い通りの展開に持ち込んだローレンシア。

 踵を返し敵を見据えると恭しく腰を折った。


「初めましてだっけね?

 サマンサ・カニング。突然だけど私は貴女と決闘したい」


 ローレンシアとサマンサの相貌はどこか似た雰囲気を持ち合わせていたが、そこから読み取れる感情は正反対。

 “容姿以外に褒めるところない”ローレンシアは、人好きそうな笑顔を浮かべ、内面に渦巻く邪悪さをあくびに出さず。

 サマンサの比喩抜きに“天使のよう”と称されるカニング家特有の美形顔は嫌悪感で歪みきっていた。


「………ローレンシア・シルバーシルビア。あんたを歴史から抹消できるのなら、決闘でもなんでも受けて立つ」


「今のあなたなら、魂すらも悪魔に売り払えそうね。まるで私の生き移しだ。

 私が純血のカニング家だったなら、あなたを誇りに思ったよ」


「無駄口を叩くな。お前の我が血族の恥。それだけの意味しかない醜い混血児め」


「とか言いいつつも、私が羨ましいでしょうに。

 だって、貴女や貴女の兄様、貴女のお母上、誰よりも私の方が才能と魔力に恵まれているのだもの」


「羨ましいわけがない。お前は獣姦者の子供で雑種。それ以下でもそれ以上でもない」


「今のあなたには現実が見えていない………いや、見たくないんだよね。

 私という絶対強者が存在する限り、貴女たちの存在価値はなくなっているのだから」


「………もういい。戯言には飽きた」


「そう……。私の死に急ぎ体質は貴女の血筋からのようだ……」


「その口、2度と開かなくしてやる!!」


 サマンサは、片手を突き出し呪いを吐いた。


霜露そうろ


 特殊な音色で古来の力と結びついた言葉が空気を震わす。

 その直後ローレンシアを取り囲むように地面に霜が降り、次いで大気中の水分、そして空気そのものが凍てついた。


「簡略詠唱に……混合魔力による冷却術ね。

 うんうん。すごい。展開速度、精度、威力どれもをとっても申し分ない。

 間違いなく強力な魔法使いだ」


 冷気がローレンシアの纏う防衛殻の形を浮き出させる。

 彼女が展開している盾は、亀の甲羅に似た多角ドーム状で、どの角度からの攻撃も等分に拡散する形状と魔力波長による対消滅を念頭に置いた、二重の防御機構を擁する鉄壁。


「こんな高度な物………をそらんじるなんてありえない」


 皮肉にもローレンシアの技術の高さを最も理解したのはサマンサだった。それも格の差という最悪の形で。

 猛攻に晒されているローレンシア。

 その表情は余裕と自信に満ち溢れ。しかも茶化すように舌を出す。


「どちらが追い詰められているのか分からないね」


「そんなデタラメな物がいつまでも保つわけがない!」


 サマンサは力を振り絞り、時間すら凍らせそうな冷気を持って、ローレンシアを仕留めに掛かる。


「おや、力を温存していたみたいだね。もう一声いこう。そうすれば私も上着を着るくらいはするかもしれない」


 「うるさい! うるさい!! このまま押し潰してやる」


 致命的な冷気に囲まれてなお、涼しい顔のローレンシア。

 一方の攻撃側であるサマンサの身体には絶大な反動が生まれていた。脳への負荷が鼻血として、過度に増強された魔力が魔力焼けとして身体に異変をもたらし初めているのだ。


「潰れろ………化け物め!」


「押し潰す。私もその言葉好き」


 ローレンシアは、後輩と子孫にあたる人物への評価を“努力賞レベル”とした。

 サマンサには、確かに才能があったが、対魔導士戦闘においては、教科書通りにしか動かない素人で、そこそこの精度の術式も今は激情に駆られた本人の所業で駄作でしかない。

 一重にサマンサには実践経験が足りなかった。その点だけは、ローレンシアをして可哀想とすら思うほどに。

 皮肉な事に、カンニング家の一族は時代に則して進化した故に、時代に取り残されたローレンシアとの間に、専門家として大き過ぎる隔絶が生じていたのだ。

 

 サマンサの魔力は本人の制御力を超え、暴走寸前。

 このままでは、何もしなくても力を使い続けて自壊するのは確実。

 ローレンシアからすらば、何もせずとも勝ててしまう。

 しかし、ローレンシア自身がそのつまらない事実を良しとせず、ライバルに対する不義に似た物悲しさを覚えた。

 だからこそ、彼女の全力に報いる事を選んだ。


「終わらせよう」


 余裕のある攻勢は所作に滲み、攻撃とは思えない自然体で空気に文字を刻む。


「電弧・青光冠」


 その瞬間、ローレンシアを中心に無数の稲妻が群れた蛇のように生じ、その一本一本が鞭、光線、鎌のようにサマンサに迫った。


「くっ………!?」


 形勢が入れ替わり防衛殻を展開するサマンサ。

 サマンサの放った冷気に勢いづいた蛇を模した雷がその殻の外周で稲妻がとぐろを巻く。


 この時点でサマンサに反撃の目は潰れた。圧倒的なエネルギー量の差がある攻撃に対して、防戦一方の余命を僅かに延長するためだけにただ耐える事のみ。


「さてさて、今の波帯に慣れた頃でしょう、サマンサ?」


 魔力の攻防において、攻撃の防ぎ方は2択。

 密度を高めた魔力の壁“防御殻”を形成して、攻撃の波長を完全にシャットアウトする消極的手法と攻撃の波長を読み取り、それを鏡写しにした波長で対消滅させる積極的な手法。

 前者は防御能力は高いが体力の消耗が非常に大きく、実力差と長期戦に不利であり、後者は体力の消耗は小さい反面、魔力の制御に高い技術を要する特殊技能の領域。


 決断を迫られるサマンサをローレンシアが畳み掛ける。


「ここにもう2つほど変調波を加えてみようかな?」


 変異した魔力が、サマンサの防御殻をすり抜け、発生源の悪意を体現したかのように彼女の左手に落雷。

 殺害ではなく、加虐する為に練られた魔力は、彼女の肘までをプラズマへと変貌させ、蒸発させた。


「ッッッ!?」


 痛みと熱をきっかけに防御殻が縮小。2人の戦いは消耗戦としてローレンシアの有利に運んでいく。


「こら! 痛みに気を取られてはだめよ」


「…………——!」

 

 サマンサに受け応えする余力はなく、頭脳に絶えずかかる魔力を負荷が身体を蝕む。


「諦めも、折れもしない。貴女は名家の名に恥じない高貴さを持ち合わせているのね。

 気骨で立ち続けない、そうすれば立派なままで死ねるよ」


 ローレンシアが攻勢を強める。


 拍動した魔力の波がこの攻防で消費される魔力の桁を跳ね上げ、サマンサを飲み込んだ。


 強烈な無痛の閃光に当てられ、心から波及した絶望が彼女の芯を粉砕。

 無数の稲妻が彼女を飲み込み、高貴さも、優雅さも、カニング家女系血統さへも揮発させ尽くした。

 

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