第159話 継戦
ヴィズが私怨を晴らす為に丘を上り詰めると、そこには残心の構えを残すローレンシアが佇んでいた。
「ヴィズ………勝ったよ」
色濃く残る魔力の痕跡と貴族だったモノの残りカスをみて全てを悟るヴィズ。
彼女が据えた目的は達成しているのだが、達成感ではない別の感情が込み上げた。
「どちらが勝っても私に得がないが………」
体力の消耗からフラフラと歩くローレンシアの手をとり、優しさの欠片もなく強引に座らせる。
「味方が勝ってこんなに嬉しくないのは初めてだ」
空を仰ぎ始めたローレンシアを端目に、タバコを咥え直し、アメリカ人の死体の脈を測りに向かった。
「うん。死んでる」
ついで、亡骸の頭部を撃ち抜いた。
「これで間違いない」
検死した死体を漁り、体中のポケットとホルスターを裏返し、装備、私物を盗み取る。
「やっぱり車の鍵を待ってたか。これで足は確保できたな」
人間離れした回復力を発揮するローレンシアはさきほどまでの青白い顔を取り替えでもしたのか、溌剌と服に着いた砂を払っていた。
「あーー、ヴィズ。突き落としてしまったけど、怪我はない?」
死線を超え、殺人を犯した直後とは思えない普段通りの笑顔を浮かべ、自分のした事を棚に上げてヴィズの安否を気にかける。
「心配するなら自分の身を心配しろ。この借りはタダじゃ返さないからな」と、砂塗れの背中で語る。ヴィズからすれば、ローレンシアの活躍は厄介な相手を代わりに始末したのだ。
実際のところ、減らず口を叩きつつもヴィズは、胸の内では謝辞を呟く程度の気持ちは隠し持っていた。
「んーとね、殴る前にこれだけは知っておいて欲しいな。ヴィズ。
私がこんな事をしたのは、良血で純血の魔女を力だけで捩じ伏せる、最後のチャンスだと思ったからなの。
私の……運命というか、使命というか、存在意義を示すために必要な事だったの」
魔女の言葉に、ヴィズは一定の理解を示す。博愛主義の真逆の平等さをもつローレンシアが巻き起こした今回の行動には、普段の破天荒さにはない一貫性。何かしらの秘めた想いがあるとは推測できたのだ。
「おおよそ想像はつく。シルバーシルビアってのは、古い言葉で、確か神話の聖域を示す単語だよな。
そんな名前を付けられた奴が、何の責務を負ってないとは思わんさ」
ヴィズ自身はこだわりがなくとも、パールフレアの綴りとて、白を想起させる“パール”と光学的な現象である“フレア”を無理矢理入れ込んでいる程度に、彼女たちの種族は色による地位の区分に対する憧れを抱いてた。
ましてや、“純血の血統”が娘に“銀”の意味を込めるのは、想いというよりは呪縛に近い執念すら感じていた。
「そう。私が引いてるのはエルフと人間の優れた血筋でね。
それにローレンシアという名は。地球史上最初にして最大の超大陸の事。
地球が生み出した“最高傑作”って意味なの」
名は体を表すとはこの事だと思いながらも、ヴィズは敢えて別の感想を持ち込む。
「お前の問題は親のネーミングセンスだな。私だったら“ヂャージーデビル”と名付ける事にしただろう」
「何それ?」とローレンシアの頭には疑問符が浮かんでいたが、ヴィズは何も教えない。
ヂャージーデビルとは、難産の妊婦が“この子は悪魔の子ね”と冗談を言ったら本当に変異してしまったという逸話を端に発する怪物の名称だった。
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ヴィズたちは、ルーリナを探した。
発見した時には、先程の錯乱が嘘だっただように仲間の墓を完成させ、静かに嘆き悲しめる程度には回復。
3人の足取りは一応、揃った。
「ほら、車があった。これで歩かなくて済むね」とローレンシア。
「………待て。トラップがないか調べよう」とヴィズが先導を買ってでる。
慣れた手つきでキーシリンダーを引き抜き、そこに繋がる電極の本数を調べる。
「多いな。ボンネット側に伸びてるから、そっちも開けてみよう」
ボンネットを開け、車の存在意義である数々の機関を陽光にに晒す。
一見して、ただの90年代の乗用車の部品しかないように見えたが………。
「おっと、バッテリーの下に爆弾。サムテックスだ。
信管は………やっぱり電気式。エンジンを掛けていたら、思ってるより高いところにいただろうな」
「処理できる?」
「爆弾を取り外すには道具が足りないが……」
ヴィズは、爆弾の性質とその起爆方法を精査し、電気信号で起爆するプラスチック爆弾だと断定した。
この種の爆弾の特徴は安定性の高さにあり、信管がなければ叩いても、火に投げ込んでも爆発しないほど安全性を誇る。
故に、電気信号の通電経路を遮断してしまえば、この爆弾は石膏ボードと大差はない。
「電線を切れば問題ない。静電気が怖いがな」
ボンネットに手を突っ込み、目的の電線に手を伸ばす。
「ヴィズ。ダミーの線の可能性や電気の遮断で作動する可能性はないの?」
「さぁな。ただこの線をかませてあるリレーが通電してるならエンジンも切れないはずだ」
「あー、A接B接の話ね……たぶん、そうね」
ルーリナは無意識に一歩後退りして、少しでも不安を誤魔化そうと努め、ローレンシアは何も考えずに、ボンネットの側面に周り、ヴィズの作業を眺めだした。
「内燃機関って言うのだっけ? コレの理屈も理解したいな」
当のヴィズは、なかなか線が抜けない事に苛立ち、オイルの滲んだ指が銅線を引っ掛け、強引に引きちぎった。
「抜けた」
「あー、皆んな生きてる? ほんの少しだけどヴィズの事を疑ったり、疑ってなかったりした……」
「爆発はなしだな———」
バタンとボンネットを閉じた次の瞬間。
ヴィズは、まるで胸を押さえつけられたような妙な息苦しさを覚えた。
「———?」
次に、ボンネットに王冠の形に似た液体が飛び散ったのが見えた。
その色は赤色で、陽光で焼けたボンネットで泡立ちながら鉄の匂いと共に気化していく。
血。
それもヴィズの体内から噴出したヴィズの血だった。
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