第142話 滑走

 ヴィズたちの乗る車は、“軍事施設につき、立ち入り制限”の表示に対して……。


「ルーリナ。関門だ。車を止めろ!」


「分かって………る」


 看板とゲートポールを猛スピードでへし折る事でその搭乗者の意志を表明した。


 異変を察知したキューバ人兵士の門番が、粉骨砕身の忠誠を奮い立せ、「止まれ」と銃を構えながら叫ぶ。


「あっ……マズイ………。ヴィズもローレンシアもしっかり捕まって!」


 兵士の悲願を正確に汲み取ったルーリナだが、全く減速する素振りを見せない。


「ルー………突っ込むよ!」


「ルーリナ! このままだと本当に基地に突っ込むぞ!」


 スピードメーターの文字版を振り切らんばかりに揺らぐ針が、もう間に合わないと告げている。

 そんな状況でルーリナはゆっくりと振り返った。


「ブレーキが壊れてる。ペダルがスコスコ踏めるから、オイルホースが切れてたみたい。つまりー、しっかり捕まって!」


 サイドブレーキに手をかけるルーリナ。だがレバーを引く事はなかった。このスピードで突然ブレーキを掛ければ、タイヤがロックして横転して、被害を拡大させるだけの可能性があるからだ。


 エンジンの制動力を活用するが、ブレーキと同じ理由で強引な操作不可能に近い。


「そこ車両! 撃つぞ! 止まれぇぇぇ!!!」


「こっちは止まらないから、あなたがどきなさい!」


 優れた判断力と献身の心得に掛けた兵士は献身の果て、武器と持ち場を放棄して、路肩へと飛び退く。

 その一瞬後、ルーリナたちはゲートを猛スピードで突き破り、キューバ軍防衛基地に突貫を仕掛けた。


「ごめんなさい。緊急事態だから……壊した物は後で弁償するから……」


「ルーリナ、今はそんな事はどうでもいい。クラッチを繋いで、ギアを落とせ」


「落としてる。タイヤがロックしない程度にエンジンブレーキは掛けているよ」


「サイドブレーキは!?」


「掛けてるけど、車重に負けて焼け始めてるわ」


「危機的状況だからこそ、冷静に対処しないと……——」


「語ってる余裕ないでしょ」ローレンシアが無理矢理ハンドルを切る。


 「あっ、ローレンシア、ハンドルに触らないで———」


 舵を切った前輪が、無理矢理進もうとする後輪と反目しあい、先程のローグをクラッシュさせたのと全く同じ要因でルーリナたちの車もクラッシュを起こした。


「捕まって!!」


 ヘッドライトが縦に渦を巻き、車体側面が地面と火花を散らす。


 惰性で滑る車体は、地面に擦り下ろされながら集積物とテントに突撃。

 テントをパラシュートに速度を殺すと、すぐさま白煙と黒煙がボンネットから立ち昇った。


「はぁ……はぁ。みんな生きてる?」


 顔に巻き付いたテントを巻き取ると同時に仲間に気を配るルーリナ。

 態度こそ平静に努めるが、指先は鉄のハンドルを歪めるほどしがみついていた。


「あー、私は生きてる………。なんでか分からないけどな」


 ヴィズは、横転した車体から、宙吊りになっていた。

 アサルトライフルの吊革が荷台用フックに引っ掛かったことでシートベルトの代わりを果たしていたのだ。

 

「こんな止め方じゃ、運転講習は落第だな」


「ふふ。実は運転免許とか持ってないんだ———ヴィズ! 後ろ!」

 

 その直後、無数のスペイン語が騎兵隊よろしくヴィズたちを取り囲み、暴徒でも鎮圧するように高圧の水の降り撒く。


「何!? 何!? 何!?」


 飛び上がるルーリナの顔面に水流が直撃、綺麗にすっ転ぶ。

 ほぼ同時にヴィズも痛みをもたらす水のレーザー攻撃を受けた。


「クソ野郎共。ランボーごっこか!? 喜んで主役をやってやるぞ!!」


 カッとなったヴィズは、手近に転がっていた物を投げつけようとした。


「ッッ!!? ヴィズ! ストッーープ!!!」


 怒り心頭のヴィズをルーリナが組み敷しく。万力のような怪力と組み技の要領で関節を固定し、完全に彼女の動きを制圧。


「離せルーリナ。舐められたままじゃ気がすまねぇ!」


「離すのは貴女よ。ヴィズ」


 ルーリナは、そう言ってヴィズの手を押さえ、握力で競り蕾を崩すように彼女の手をこじ開けた。


「ヴィズ。落ち着いて。今あなたが投げつけようとしているのは、迫撃砲の砲弾だよ」


「……信じられねぇ」


「みんな慌てるワケだよ。私たちは弾薬貯蔵庫に飛び込んだみたい」


「吹っ飛ばなかったのが奇跡だ」


 髪と服を絞り、タバコを咥えるヴィズ。

 当然、タバコも水浸しになっており、箱ごと潰して投げ捨てた。


「あそこで悶絶しているのは、ローレンシアね。

 ヴィズ。連れて来てちょうだい。このまま島を出るよ」


 弾薬箱を回収するルーリナと仲間を招集するヴィズ。帰り支度を始める3人の元に、騒ぎを聞きつけた基地の最高責任者が巨大と贅肉を揺らしながら迫ってきた。


「ルーリナさん! これはなんの仕打ちですか!?」


 嘆くような質問に、ルーリナは目線を合わせない笑みを作り、顔に張り付いた髪を吐息で飛ばす。


「いろいろあったの。これ以上厄介事を被りたくなかったら滑走路まで案内してください」


「待ってください。何が起きているんですか?」


「アメリカの特殊部隊が我々を追ってきた。彼らはエイハブのように私を追うだろう。

 私たちは今すぐこの場所から離れなければならないから、滑走路開けさせて」


「で、ですか、古い機体です。さすがに長旅に向きませんよ?」


「リスクは承知の上。門前の虎、後門の狼でしかない」


 水の足音を残す一向は、息をつく間も無く港へと足を運んだ。


「言い忘れてたけど………これから大西洋を横断するよ………古い飛行機でね」


 格納庫へ案内されるルーリナたちに遅れて、ヴィズがローレンシアを叩き起こす。


「起きろ、寝てる暇はないらしいぞ」


「酷い目にあった」


「お前のせいでな」


 体を払うローレンシアを置き去りに、ルーリナを追うヴィズ。

 しかし、すぐ足音が追いついた。


「ねぇ、ヴィズ。私たちが襲われたって事はキーラちゃんの方もマズいんじゃない?」


「恐らくな。特にキーラは貧乏くじと幸運を同時に引き当てる才能があるからな……」


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